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16 漕ぎ出した船

「ありがとうございます、確かにお預かりいたします」


 神官長は前国王が署名をした2枚目の婚姻誓約書を確認し、


「ではこの後はどうなさるか、そのあたりの話をしてまいりましょうか」


 と言って満足そうな笑みを浮かべた。


 その頃、前国王を宮に入れることに成功したヌオリたちにも動きがあった。


「少し予定を変更すると『協力者』から連絡があった」

 

 前国王が部屋を出た後、部屋の扉の下にいつの間にか一通の封筒が差し入れられていた。そこにはいつもの「協力者」からの(しるし)のある便箋が入っていて、いくつか細かい指示が書かれていた。


「以上が変更点になる。ライネンは宮を出てリュセルス組と合流してくれ」

「分かった」


 最初の予定では、前国王が王座を取り戻したと宣言をする時、ヌオリとライネンが近くにお付きする予定だったが、誰か責任者級の人間を一人リュセルスの別働隊にまわすようにとの指示が来たのだ。


「私は陛下のそばを離れるわけにはいかんからな、ライネン任せる」

「分かった」

 

 リュセルス組とは「暴動を起こす実働隊」ということだ。中心で動いていたヌオリたち高位貴族の師弟たちには、もちろんそんな汚れ仕事を買って出る者はない。これまでと同じく、高みから下の者に指示をして命令をする側にいるのが当然だと思う者ばかりである。


 正直ライネンはヌオリたちから離れてほっとしていた。現国王が父である前国王を力尽く退位させ、側近であった自分たちの家が中枢からはじき出された時はもちろん憤慨(ふんがい)し、ヌオリと共に復権のために動くと決めた。おろおろするばかりで何もできない親世代を情けなく思って。


 だがそうではないとライネンは思い知った。しょせんヌオリも親たちと似たようなものだった。現実が見えていない、自分を過大評価するばかりの世間知らずでしかなかったからだ。

 ライネンは前国王の世話役になり、光栄な役目を引き受けたと思っていたが、実際に身近で見た「国王陛下」は自分の身の不幸を嘆き、怒りを周囲に撒き散らすだけの愚かな老人であった。自分こそが天に選ばれた王であり、息子は王位簒奪者(おういさんだつしゃ)。自分は指一本動かさぬくせに、誰かが自分を王位に戻しマユリアを寵姫とさせることが天の意思と信じてやまない悲しい人間。


 ヌオリは立派な若者であるとライネンはその点だけは今も認めている。八年前、父王に負けた皇太子は自分を磨き、申し分のない後継者、次の王者にふさわしい人間へと変貌を遂げたが、それを見てヌオリも次代の側近としてふさわしい者になると努力を重ねていた。学問、武芸、芸術一般、その他を磨き、どこから見ても文句なしに若手貴族の主導者の地位を築き上げていた。

 もしも皇太子がラキム伯爵やジート伯爵と共に父王を蹴落とさず、時の流れと共に自然に権力移譲を行っていたとしたら、ヌオリは理想的な国王の補佐役になったに違いない。ライネンは今でもそう信じている。


 だが現実はそうではなかった。予想外の出来事のおかげでヌオリの努力は実を結ばぬ花になり、その怒りは現国王とラキム伯爵たち現在の側近へと向けられた。そしてその地位を受け入れ、うなだれるしかできない親世代の元側近たちへも。


 今度のことを計画し、実行に移すまではよかった。前国王を取り戻すために、まずは王宮に父国王に合わせろと陳情を重ね、もしも噂通りに現国王が父親を亡きものとしていたとしたら、それを理由に現国王を退位させ、他の扱い易い王子を王位につけるという計画を立てたところまでは。

 実際に動き出した頃はライネンも信じていた、その計画が成功するだろうということを。正義は必ず勝つ、間違えた道を進んだ息子の皇太子には天が罰をお与えになるはず、そう思っていた。だが実際に事が動いたのは、謎の「協力者」が前国王をどこかから取り戻し、自分たちに与えてからだ。一体どこの何者かは分からないが、ヌオリはそれを「天からの協力者」と呼ぶようになり、全てはその者の意のままに動かされることになった。


 リュセルスの街での扇動も、どここから集めてきた兵たちも、その烏合の衆(うごうのしゅう)(たば)ねる指導者たちも、全てはその見えない「協力者」があってのことだ。だがヌオリはそれらのことを全部天の配剤と捉え、自分たちこそが正義であるとの証明と信じて盲目的に従うだけではなく、あまつさえ自分が考えたことのように思い込むようになった。


 自分の頭で考えぬ者ほど危うい者はない。ライネンはヌオリの一番近くで見ていてそう思うようになった。少なくとも自分は自分の頭で考え、今度のことの本質を知ったと思う。


 今回のことはしょせんは国王親子のマユリアの取り合いに過ぎない。もしもマユリアの存在がなかったら起こらなかった。決して政争などという筋の通った争いではない。


「なんとも情けない」


 そうは思うものの、ライネンの未来もやはり今度のことにかかっている。船は漕ぎ出してしまっているのだ。ならばまだ自分も漕ぎ手として、自らの手で水をかいた方向に進む方がいい。見えぬ何者かに担ぎ上げられた神輿(みこし)の上で、見えない手に操られる滑稽(こっけい)為政者(いせいしゃ)という道化を演じるよりははるかにいい。ライネンはそう思って宮から離れることを受け入れた。

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