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13 甦る恐怖

 トーヤがその人の存在場所について頭を悩ませていた頃、その本人は宮の客殿の一室にいて、久しぶりに上機嫌でいた。


「それで明日には全部片がつくというわけだな」

「はい、間違いなく」


 ヌオリは優雅に正式の礼をしながら自信たっぷりに答える。前国王は従者の変装のまま、一番の上席にゆったりと腰をかけ、満足そうな笑顔をヌオリに向けた。


 前国王派の若い貴族たちは謎の「協力者」のおかげでなんとか反乱軍としての体裁を整えていた。そしてマユリアの婚儀の時に、リュセルスで打倒国王をぶち上げ、王宮と宮に押しかける計画だったのだ。地道な国王への誹謗中傷の影響で前国王に同情し、子の親への不孝に憤る者、天罰のおかげであちらこちらに天変地異が起きている、このままでは国が滅んでしまうと信じる者などもかなりおり、トーヤが予想していたように、前国王本人が一声かければかなりの数になるものと思われた。

 

 もちろん、息子の「現国王」側は八年をかけて兵たちをまとめあげており、そう簡単に烏合の衆になんとかできるとは思えなかったが、それでもこういうものは勢いでどうなるかは分からないものだ。少なくとも、かなりの大規模な衝突が予想できる。トーヤはそのことを実際に市民と対峙(たいじ)するだろう月虹隊の隊長であるダルにもしっかりと伝えてある。


 だが、ここに来て「協力者」からの路線変更の連絡が来た。当日、リュセルスで旗を挙げるはずだった国王に「宮へ来てほしい」と言ってきたのだ。その連絡の中身はこうであった。


「形だけといえど婚儀を挙げてしまえばマユリアがその気になるかも知れない」


 つまり、息子である現国王になびくかも知れないという一文、それを目にした父はそんなことはさせてはならじと、宮へ入ることを了承したのだ。


 前国王は「協力者」の正体が神官長であることを知っている。自分を逃がし、若い貴族たちに渡した一連の出来事を思い出すと、底しれぬ不安と、そして恐怖を感じる。あの日、息子に譲位を突きつけられ、実際に王座から引きずり降ろされた時ですら感じることがなかった恐怖を。

 あの時にはただひたすら息子に対する憎しみが湧き上がり、さすがに実の親子である、命すら奪われるかもという可能性を思いつかなかったからかも知れないが、「冬の宮」に幽閉された後、この先の自分の身の上を考えた時ですらそんな感情はなかった。


『ここを出られたら、私に良い死に場所をお与えくださったその方に、感謝の気持ちをお伝えください』


 前国王はあの元王宮侍女の最期の言葉と晴れやかな笑顔を思い出し、一つ身震いをした。そしてその続きにさらに思い出す。この王宮侍女のことで物申す前国王に対し、滔々(とうとう)と正義を語り、その時に浮かべた神官長のあの恍惚とした笑みを。王位簒奪者である息子に協力しながらも、並行して父親を救い出す道をもつけていた、そのことを説明しながら、自らこそが神の声を聞くものであるかのように神官長はこう言ったのだ。


『神の御心、かも知りませんな』


 すべてのことは今回のことのために神が準備をなさったこと、自らはその御心に従っただけ、故に自分こそが正しいのだと宣言した老いた男。自分の言葉に酔うようなあの神官長を目にして、前国王は凍りついたように動けなくなったことを思い出した。


「陛下、ではこの後は協力者の申し出の通り今のうちに神殿へ」


 ヌオリのその言葉で記憶の中に埋没していた前国王がはっと顔を上げた。


「陛下?」


 先ほどまでの浮かれた様子から、まるで処刑宣告を受けた罪人のように真っ白な顔色になっている前国王をヌオリが(いぶか)しむ。


「あの、いかがなさいました。もしかしてご体調でもお悪いのでしょうか」

「いや……」


 前国王はやっとのことで返事を絞り出した。


「大事ない、心配をかけたな」


 前国王は急いで笑顔を浮かべると、自分の中の恐怖を振り切るように答える。


「大丈夫だ。この先のことを色々と考えていただけだ」

「ああ、さすがでございます。それでこそこの女神の国、シャンタリオの国王であられるお方」


 ヌオリも安心して表情を取り戻し、前国王への追従を口にするのを忘れない。


 この部屋に届けられた荷物の中に、ヌオリたちが準備したものではない箱が紛れ込んでいた。その中には神官服が一式入っており、手紙が一通添えられていた。内容は、宮に人が出入りしている混乱に紛れ、前国王は神殿にお越しくださいとのことだった。その手紙にはいつも「協力者」が添える証の文字が書いてあり、間違いなくその人物からの手紙と判断できた。


「時刻などは書いてありませんでしたが、夕刻になり人の出入りが収まると目立つ可能性がございます。今はおそらく一番往来の多い時刻、どうぞご準備を」

「うむ」


 前国王の心には、神官長を得体の知れない存在と感じて抱いた恐怖が(よみが)ってはいたが、今はその道に進むしかないということも理解している。


 神官長が何を考えているかは分からない。だが、その言葉に従わねば、自分は永遠にマユリアを失う可能性がある。王座と共に女神をこの手に取り戻す。その思いが前国王の勇気を奮い立たせると、神殿へと足を運ばせた。

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