12 起こり得ること
前国王がすでに宮の中にいることは分かった。
「そこから何をどうするつもりだ」
トーヤはさらに考える。このさきに起こり得ることを。
「きっとアランも同じ結論を出すはずだ」
すでにいくつかの可能性を考えてその時の方策は考えてある。アランはその一つを選んで動いてくれるはずだ。頼もしい仲間たちをトーヤは信じる。
「信じるしかねえ、すぐに連絡が取れない今は特にな」
今一番動けないのはトーヤだが、アランがトーヤと同じ判断をしてくれれば、そこから皆に連絡がいき、動けるようにしてくれるだろう。もちろん奥宮に身を隠しているシャンタルとベルはすぐに動けはしないが、それだってどうしてもとなればアランは当代シャンタルとつながっている。
あの小さな生き神様を巻き込み、無理をさせる、苦しませる、悲しませるようなことはできるだけやりたくはない。だが、それが当代の運命にも関わってくるだとすれば、それもまた運命だと思うしかない。そしてその部分の判断はアランに任せる。トーヤのすべてを教え込み、そして飲み込んでくれた頼もしい「弟子」に。
「頼むぞアラン」
交代の前後にどんなことが起きるか、いくつかの想定をしてその場合にどうするかは前もって決めておいた。前国王がすでに宮の中にいるということは、次に起こることはこれだろうと思うことはある。
「花婿のすげ替え」
おそらく神官長は婚儀の前に新国王と前国王を入れ替えるつもりだ。突飛な発想のようだが、そうではないかと思う理由はそれなりにある。きっとアランも同じ判断をしてくれるはずだ。そのために神官長は新国王にシャンタリオの婚儀にとって重要な「婚姻のランプ」を使わせなかったのだろう。なぜ使わせなかったのかその意味までは分からないがそうに違いない、そうとしか考えられない。もしかすると前国王がランプを持ってくる可能性もないことはない。
だが、花婿をどうやって入れ替えるのか。そのあたりのことは考えても全く分からない。トーヤもアランもシャンタリオの事情に疎いということもあるが、その中でも奥の奥のことはまだまだ見えないことが多すぎる。それはこの国の大部分の民とて同じことだ。
そもそも父親を追い出して息子を王座につけるため、神官長は何年も息子に力を貸していた。もう一度父親を復権させマユリアと婚姻させるのなら、わざわざそんなことをする必要はなかったはずだ。
「なんでそんなしちめんどくさいことをしてまで、花婿の入れ替えをするんだ」
そこのところがどう考えても分からない。おそらく、何かあちらだけが知る秘密のようなものがあるのだろうが、推測しても分からない状態だ。その先には進めないのは仕方がない。
「どう考えてもあの親父が黙って息子とマユリアの婚儀を見ているはずがない。すでにここにいる前国王派に動きがあるとすればその前のはずだ」
そこは確信できた。そのためにわざわざ宮の中に潜り込ませたのだろう。
もしも、普通の状態で息子に対する反旗を翻すのなら、外で反乱軍の前に立って檄を飛ばす方がいい。これまでに散々投書や噂をばらまいて息子の評判を貶めているのだから、息子の魔の手から逃げ延びて王座を正しい者の手に取り戻せとぶち上げれば、それに付いてくる者も多かろう。
これまでの「仕事」の時にそういう場面には何度も遭遇している。士気が落ちた部隊に総大将や王族など威厳や品位があり兵士たちの信頼を集める人間が姿を現して声をかけただけで、その場の空気が変わることがある。トーヤのような頭を持たぬ傭兵にはあまり理解できないことではあったが、忠誠心高い兵士などは驚くほど見違えるのだ。そうして窮地から盛り返して勝利を手にした例はいくつもある。
「だから、ここでそれやったらかなり効果があると思うんだが、なぜそうしない」
トーヤが良く知るミーヤやダルやリルですら、シャンタルやマユリアに直接声をかけてもらうということを、信じられないほど光栄に感じ入り、まるで命さえ投げ出しそうな姿になっていたのをこの目で見た。そんな時の彼らはトーヤがよく知る親しい者ではなく、完全にシャンタリオ国民、シャンタルの民でありマユリアの民であり、シャンタリオの神域に生きる者だった。
ついこの間のことだ、トーヤがミーヤを怒らせようと、わざとシャンタルに敬称をつけて「シャンタル様」と呼んだのは。そうして「シャンタリオ気質」というものをミーヤに説明したところ、ミーヤは戸惑いながらもなんとなく納得していたようだ。
シャンタリオの民は基本、穏やかで平和的、おとなしいという性質の持ち主だが、ある一定の線を超えるといきなり爆発する。神官長はシャンタリオ人でありながらそのあたりをよく理解していて、うまく使おうとしていた。不安を煽り、そのぎりぎりまで力を蓄えさせておいて、マユリアの婚儀の日にでも火をつけようしていると推測していた。それにはあの若い貴族たちがもってこいなのだが、思ってもみなかったのはその場所だ。
「そのつもりなら、なんで宮の中にいるんだ」
やはり外で不特定多数の人間の感情を爆発させた方が、王座の再奪還には便利なようにしかトーヤには思えなかった。




