11 導火線
フウはヌオリたちの部屋から下がると、同じ担当の侍女に二言三言言葉をかけて連絡事項を伝え、急いで自分の巣である植物園へと駆け戻る。
フウには分かってしまった。ヌオリたちの使用人の一人、老齢の男が前国王であることが。なぜあの一行に前国王がいたのか、それを考えて思いついたことはただ一つだけだった。それをトーヤに知らせるためにフウは急ぐ。
幸いにも今日はどの侍女も下働きの者たちも、衛士も、皆が急ぎ足だ。その中をいつもより多少忙しくフウが歩いたとしても不審に思う者はいなかった。ましてやその先にあるのが植物園ならばなおさらだ。気に留める者がいたとしても、この忙しい中にまた植物園とはいい気なものだと、忙しい自分のイラ立ちを少しばかりぶつける程度のこと。フウはそんな一切合財を無視して植物園へと滑り込む。
「ボス、大変です」
フウは植物園に入ると、誰もいないかを何度も何度も確認してから、隠し部屋にいるトーヤに声をかけた。
「前国王陛下です」
トーヤの返事を待たず、フウはそれだけを伝えた。
「間違いないのか?」
「間違いありません」
「誰とどこにいた?」
トーヤも最低限の言葉をフウに返す。
「ミーヤに悪さをしようとした一味と一緒です」
それだけでトーヤも理解した。誰が前国王を保護し、何をしようとしているかを。
「分かった。どうするかちと考える。あんたも考えてくれ」
「ミーヤたちにも伝えますか?」
トーヤは少し考えてからこう言った。
「いや、とりあえずアランにだけ伝えてくれ。その後の判断はあんたに任せる」
「分かりました」
フウはそのまま何事もなかったように植物園から出て行き、アランの部屋に一瞬立ち寄ってから元の職務へと戻っていった。
トーヤは八年前に前国王の顔を遠くから見てはいるが今の顔は知らない。おそらくばれないように変装もしていただろうから、他の侍女では気がついてはいなかった可能性もある。フウの観察眼と推理力があってのことだろう。
トーヤはヌオリたちも声は聞いたがやはり顔を見てはいない。アランは見ているので何かあっても対処できるだろうから、そのあたりのことは任せるしかない。
できればミーヤは奴らに近寄らせたくはない。もしかしたらミーヤの協力を必要とすることができる可能性もあるが、できるだけ心の傷を広げるようなことをしてやりたくはない。フウはおそらくあのことを知っている、ミーヤのことはフウに任せることにする。状況を見て最善の方法を取ってくれると信頼して。
トーヤはそうして今の状況を整理し、自分がやるべきことを考える。
王宮から前国王をどこかに逃がしたのは間違いなく神官長だ。逃走経路はシャンタルとベルが連れて行かれたような隠し通路を通ってだろうとの予測もついた。だが、連れ出した後、どこへ連れて行かれ、誰が匿っていたのかは全く予想がつかなかった。その相手が分かり、新しく考察できることが増えた。
あの若い貴族たちは、なんらかの方法で神官長から前国王を預かった。それは多分、あの部屋に滞在して王宮に前国王への面会を要求している間だ。聞くところによると前国王への面会を求めて日に何度も王宮へ足を運んでいた最中で、まだしばらく宮から出るという話はなかったと言う。前国王を預かったからといって、急に宮を出るのも不自然だ。だから面会を求める振りをしながら様子を見ていたに違いない。キリエに追い出されなければ、少なくとももう数日はいたことだろう。
(そして、その暇つぶしの時間を持て余してミーヤに目をつけた)
トーヤはまた怒りが燃え上がるのを感じていたが、その感情に押し流されてはいけない。今やらねばならないこと、それは無事に交代を終わらせることだ。そのために自分はここに戻ってきた。いや、そのための八年だった、戻る時のことを考えて過ごした八年だった。
トーヤは何度か大きく息をしてから気持ちを押さえ、また続きを考える。
あの時、ヌオリたちはまだ宮に滞在するつもりでいた。ということは、前国王を預かってからまだ間もない頃だったはずだ。もしも本気で国王の行方を探していたなら、ミーヤに意識を向ける余裕などなかっただろうから。
トーヤは冷静に考えを続ける。
神官長が前国王を預けたのは、新国王のおかげで国の中枢からはじき出された貴族の息子たち。
「ということは、目的は言うまでもねえな」
前国王の復権させ、もう一度自分たちが権力の中心に返り咲く。それを狙ってのことだ。神官長は若くて動きの軽いヌオリたちに目をつけ、前国王を切り札として与えた。そして、息子の新国王が父親に対してやったように、今度は父親に息子から王座を奪い取らせようとしている。間違いない。それはも十分予測できたことだ。
この可能性はもちろんアランだって気がついているし、ダルにも街中の人の動きに注意をするように言ってある。おそらくトイボアのような者があちらこちらで扇動するだろうと。
ただ、今まではどこから誰がどうやって出てくるかが分からなかった。
「まさか宮の中からおっぱじめようとするとはな」
神官長は若い貴族たちを導火線として使って動乱に火をつけ、大きな花火を打ち上げるつもりなのだろう。




