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10 曰く付きの侍女

 奥宮の最奥でシャンタルがマユリアに交代後の行き先を訪ね、マユリアがルギに命じてシャンタルの部屋を捜索させようとしてできなかったこの日の午後、前の宮、客殿(きゃくでん)では侍女たちが常よりも忙しく立ち働いていた。


 いつもと同じ交代ならば、大部分の来客が交代の前日から宮を訪れるため、その日から忙しくなるのだが、今回は今までにはなかったこと、女神の婚姻の儀がある。それを目当てにいつもより多くの王族や貴族、有力者などが一日早く宮に滞在したいと申し入れてきた。


 マユリアと国王の婚儀は公開の儀式ではない。そのことは伝えられているのに、それでも「もしかしたら参列できるのでは」「マユリアの婚礼衣装姿が見られるかも」と思うのか、宮に滞在を望む高貴な人だけではなく、地方からもたくさんの人間がリュセルスを訪れ、上も下も大変な人出である。


 ミーヤたち「取次役」も手伝いに駆り出され、賓客(ひんきゃく)の応対に行ったり来たりだが、フウが約束してくれた通り、ミーヤもアーダも貴族の子弟などの見るだけでミーヤの心の傷に触れる方たちではなく、地方からお越しの落ち着いた年齢の御夫婦などの担当に付けてもらっていた。


 だがもちろん、あの時ミーヤに無体を働こうとした、ヌオリたちのような高位貴族の子弟たちも宮を訪ねてきている。

 彼らには目論見があるため、どうやってでも宮に潜り込むつもりはしていたのだが、あの事件のことがあるもので堂々と正面から宮に滞在したいとは言いにくい。そこでヌオリの親であるバンハ侯爵の名前で滞在を申し入れ、名代(みょうだい)という形で客殿の一室に入れることになった。


「バンハ公爵御名代(ごみょうだい)ヌオリ様、セウラー伯爵御名代ライネン様、及びその御一同様、こちらでございます」


 やや年輩の侍女が一行を客殿の続き部屋へと案内したが、若い侍女ではなかったことでヌオリが不愉快そうに眉をしかめながら後ろに続く。


『仮にもあのようなことをお考えになられました皆様のこと、今は侍女をこの部屋に近づけることはいたしかねます』


 高貴な身分の自分たちが、些末(さまつ)な侍女に最上の礼を取らされた上に、そういう言葉で侍女を遠ざけられ、自分たちで荷物をまとめさせられた時のことを思い出したらしい。

 ライネンはそんなヌオリの様子を見て心の中で苦笑するが、結局は同じ立場、たまたまその場に居合わせなかっただけで同罪なのだと自分で自分に言い聞かせる。


(こともあろうに侍女を部屋に引きずり込んで(もてあそ)ぼうとするなど、志しが低いにもほどがある)


 なぜ宮から追い出されたかの顛末(てんまつ)を聞いて呆れるしかなかった。とても自分ならそんな場に舞い戻るようなことはできないとライネンは思ったが、戻るしかないことも理解している。全ては前国王を王座に戻し、自分たちの家系を復権するためだ。我慢するしか無い。


 ライネンはヌオリたちと一緒に歩いているだけで、宮中(みやじゅう)の侍女から自分まで悪事に加担した一味と見られているように思え、屈辱を感じていた。実際にどれほどの侍女たちがそのことを知っているのかは分からない。だが、少なくともこの年輩の侍女は事情を知っていて、それで自分たちの世話役を引き受けたのではないだろうかと邪推(じゃすい)せずにはおられない。


「十名様と、それから従者が二名と伺っておりますが、それでお間違いないでしょうか」


 苦痛の時間を過ごした後、やっと与えられた部屋の中に収まると、付き添いの侍女があらためて人数を確認した。


「ああ、それで構わない。今日は客が多くて宮も大変だろうから、我々の世話をやらせるために下僕を二名連れてきた」


 ヌオリはいかにも自分たちが気が利いているだろう、感謝するようにと言わんばかりに尊大な態度で侍女にそう告げる。


「ありがとうございます、お心遣い感謝いたします」


 侍女は丁寧に膝をついて正式の礼をしてからもう一度立ち上がり、こう言葉を続けた。


「お言葉の通り、国中よりまことにたくさんの方がお越しになられ、宮の中はこれまでになかったほどの多忙を極めております。皆様のような高貴な方々にこのようなことを申し上げますのは大変心苦しくはあるのですが、くれぐれも此度(こたび)は穏便に、ご滞在期間を円満にお過ごしいただきますようにお願い申し上げます」


 丁寧な言い方はしているが、この侍女は明らかに前回追い出された時の事情を知っていて、ヌオリたちに釘を差している。


「それでは、これにて退室いたしますが、何か従者の方では足りぬご用などがございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 一言も答えずにいられるままの客にもう一度丁寧に頭を下げ、侍女はしずしずと退室していった。


 しばしの沈黙の後、一番に口を開いたのはヌオリだ。


「なんなのだ、あの無礼な侍女は! 第一、我らのような高貴の者にはもっと見た目がましな若い侍女を付けるのが礼儀であろう!」

「もっともです。それにあの衣装、緑は行儀見習いの侍女の色のはず。あの年齢で今も行儀見習い? そんな者がいるのか? 一体どんな(いわ)く付きの侍女だ?」


 ヌオリの言葉に妹が行儀見習いとして宮に入っていて、事情をよく知るカベリが不審そうに続ける。


 年輩で緑の侍女。言うまでもなく相当する侍女はただ一人だけだった。

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