6 マユリアの焦り
キリエはマユリアの質問に戸惑う。
「確認とは、どこをでございましょうか」
言わんとすることは分かったと思うが、それでもその言葉を確認せぬまま答えることはできない。
マユリアは困ったような顔をキリエに向け、一度背けてからもう一度視線を戻し、決意したようにこう口にした。
「シャンタルのお部屋です。これほど探してもいないということは、残るお部屋はあそこだけではないでしょうか」
やはりそうだったかとキリエはマユリアの言葉に衝撃を受ける。
「それは、衛士たちに命じてシャンタルのお部屋を捜索せよとのご命令でしょうか」
キリエは困惑を隠せずそう聞いた。聞かれたマユリアはやはり困ったような顔で黙ってしまう。
しばらく風が吹き抜けるような沈黙の時間が続いた。マユリアは答えることができず、キリエもそれ以上のことを聞くとができない。
マユリアは応接の長椅子に腰をかけ、キリエからは視線を外し、やや床を見下ろすように斜めに視線を落としている。キリエは少し離れた場所に立ち、名工が穿った彫刻のごとき美しいそのお姿をやや上から見つめ続ける。
「そうではありません」
空白の時間の後、やがてマユリアが力弱くそう答えた。
「捜索など求めてはおりません。ただ、シャンタルのお部屋にいるのではないか、そう思ったというだけのことです」
キリエはよくよく考えて主にこう尋ねる。
「それは何かが、たとえば天よりマユリアに何かご神意などがあられた、そのようなことでしょうか」
キリエの質問にマユリアはまた少し考えてこう答えた。
「いいえ」
キリエもまた考え込む。
「では、マユリアご自身が、トーヤたちがシャンタルのお部屋にいるのではないか、そのような気がされたということでしょうか」
「そうですね」
今度の返答は早かった。
つまり、キリエが、そしてルギが思ったように、トーヤという人間を考えた上で、シャンタルの部屋に隠れることぐらいやりかねない、そう思われたということなのだろうとキリエは理解する。
「お気持ちはよく分かりました。そうお考えになるだけの理由があった、そのようなことと受け止めさせていただきます」
キリエにはそう言うので精一杯だ。
キリエだとてトーヤたちがシャンタルのお部屋にいるのではないかという気はしている。だが、おそらく交代の時には出てくるはずだ。今、無理やりシャンタルのお部屋を捜索してまで探す意味はないように思える。それに、もしもマユリアが宮の中を探せと言わなければ、トーヤたちはシャンタルの部屋に隠れようなどと思いもしなかったはずだ。つまり、今回の大捜索の結果がこのような事態を招いたとも言える。
マユリアは一体なぜ、そのようなご命令をなさったのだろう。キリエはそのことが気になってきた。
(まるで、何かを焦っておられるような……)
そのようにしか見えなくなってきた。これまでは何か目的をお持ちでも、交代の時のこと、そう思って覚悟を決めてきた。もしかするとその日に自分は主のために命を落とす可能性もある、そこまでキリエは覚悟を決め、ミーヤに敵対の意思を示したのだ。
だが、マユリアはなぜか交代より前、いや、婚儀より前にトーヤたち、もっと正確に言うのならば先代「黒のシャンタル」を欲しておられる。
それはとても重要なことである。キリエにはそう思えてきた。
「あの、伺ってもよろしいでしょうか」
控えめに声をかけたキリエにマユリアは伏せ気味だった顔をゆっくりと上げ、忠実な侍女頭の顔を見上げた。
このお方に仕えて二十八年になるが、何十年見続けても見飽きることのないその美貌。その麗しい御顔に見つめられると、キリエのような高齢の女性ですら心臓が躍るのを感じずにはいられない。だが鋼鉄の侍女頭は決してその心の内を面には出さず、いつものように感情を感じさせぬまま主の言葉を待った。
「なんです」
このお言葉を得てやっと続きの言葉を口にすることができる。
「何かお急ぎになる理由がおありなのでしょうか。トーヤは交代の時には戻る、そう申しておりました。そしてきっと約束を守ると私は信じております。シャンタルの交代の儀は明後日、明日のマユリアのご婚儀の翌日です。お待ちになられてはいかがでしょう」
マユリアの返事はない。
「もしも、本当に戻るのかどうかをご心配におなりなら、もう一度申し上げます。トーヤは必ず約束を守る人間です。宮の中におらぬとしても、きっと明後日にはどうしてでも宮に戻ると思います。それではいけないのでしょうか」
キリエは少し言葉を変えてもう一度尋ねるが、麗しい主は答えずじっと老いた忠臣を見上げているだけだ。
仕方なくキリエは続ける。この言葉だけはできれば口にしたくはなかった、そう思いながら。
「もしも、それでもシャンタルのお部屋を調べよとのご命令をくだされたとしても、申し訳ございませんがそれだけはお聞きするわけにまいりません。もしもシャンタルがトーヤたちを匿っておられ、その上で黙っておられるのならばそれこそが神意、侍女頭は何よりシャンタルのご意思を尊重いたします」
尊い主に優劣をつけるようなことは決してしたくはない。だがそれが真実であるとキリエはマユリアに告げるしかない。




