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 2 跡形もなく

 トーヤたちを送り出した後、アランは一人でエリス様ご一行のための部屋でのんびりしていた。


 本当はのんびりなどしたくない。何しろマユリアの婚儀は明日、その翌日はシャンタルの交代なのだ。宮の侍女たちが現在そうしているように、自分も一秒すら惜しんで動いていたい。


 アランは長椅子に長身の体を横たえ、目の前の豪華な天井を見上げていた。天井にまで見事な装飾があり、部屋の真ん中には豪華なシャンデリアが下がっている。もっとも、今はそれに火を入れず、数か所のランプにだけ火を入れてもらっているが、それだけでも十分の明るさだ。


「まったく、このろうそく全部に火を入れるなんて、そんな贅沢、いつ誰がやるんだよ」


 アランは火が消えているろうそくを見つめてぽつりとつぶやいた。


 戦場なら、明日が開戦だという日、一体何をやっていただろうか。明日が決戦だという前日は? 明日が見えない戦場でも、そういややたらと静かでじっと待つしかない日もあったっけかな。ぼんやりとそんなことを考える。


「シャンタルの交代か……」


 明日の婚儀次第では、その交代すらあるかどうかも分からない。アランは小さな可愛らしい生き神様の笑顔を思い出していた。


『わたくしのシャンタルとしてのお務めは交代の日までなの。そしてその翌日から、わたくしがマユリアになるんですって。わたくしもマユリアと同じような立派なマユリアになれるようにがんばるつもり』


 不安だろうに、精一杯笑顔でそう言っていた当代シャンタルのひたむきないじらしい笑顔を。


 アランの仲間のシャンタルのために、そしてあの小さなシャンタルのためにもやれることがあるのなら、寝る暇すら惜しんで動いてやりたいのに、やれることがないというのはこれほど時間が長く感じるものかとアランが一つため息をついた時、扉が3回叩かれた。


「はい、どうぞ」


 アランは億劫そうに長椅子に座り直し、扉が開いて入ってくる人を見ていた。


「邪魔をする」


 ルギだった。誰も付けず、一人だ。


 ルギは扉を閉めるとつかつかとアランに近寄ってきた。


「あ、どうぞ」

 

 アランが向かい側にある椅子を勧めると、ルギは会釈をしてからそこに腰をかける。


「単刀直入に聞くが、トーヤたちはどこにいる」

「へ?」

「本当はどこにいるのか知っているのではないか」


 ルギが鋭い視線をアランにぶつける。気の弱い者ならそれだけでなんでも白状してしまいそうな眼光だが、アランだとてどちらかと言えばぶつける方の立場だ、そんなものの一つや二つに動じたりはしない。


「いやだなあ隊長、俺、ここに来る時に別れたっきりで知らないって言いましたよね」

「そういう物の言い方、師匠そっくりだな」

「トーヤは俺の師匠のつもりなんてないですよ、そういうの好きじゃないんでね。だからお互いに仲間だと言ってますよ」

「気に入らないのか、じゃあこれからも師匠と呼ばせてもらう」


 この言葉にアランがさすがに眉を寄せた。


「なんだ、気に入らないか」

「ええ」

「それで、師匠は今どこにいる」


 あえてアランを苛立たせるようにその言葉を使ったルギに、アランは思わず感情を沸き立たせそうになるが、一つ息を吸うと気持ちを落ち着かせた。


「知りませんよ。あれから俺、ほとんどずっとこの宮の中ですし、外に出ることがあっても必ず衛士とか誰かがくっついてきてますよね。そうそう、あの王宮衛士のことで出た時には隊長と一緒でしたよ」


 トイボアがまだ名前を隠していた頃、リュセルスのある家でハリオと話をすることになり、アーリンが宮へ助けを求めて来た時のことだ。


「そうだったな」


 ルギも素直に認める。


「では質問を変えよう。師匠はいつここに戻る。もしくはいつ戻った」

「へえ、戻ってるんすか!」


 アランはわざとらしく驚いて見せる。


「もしも戻ってるのに弟子の俺に連絡の一つもしてきてないんなら、随分と水臭いですよね、師匠も!」


 ルギは無表情、無反応のままアランをじっと見る。


「全く、そういうところまでそっくりだな」

「そうっすか、光栄です」

「まあいい。何があっても言うつもりはなさそうだし、一応聞いてみただけで最初からそんなこと期待もしていないからな」

「だったら聞かなきゃいいのに」


 アランの言葉にルギは特に何も反応せず、黙って立ち上がる。


「一応奥の部屋を調べさせてもらう」

「どうぞどうぞ。今日は俺一人ですが、時々ディレン船長とハリオさんが来るぐらいですよ」


 ルギはアランの返事を聞き終わる(いとま)もなく、奥の部屋から順に調べていった。


 トーヤたちがこの部屋を出ていく時に、痕跡はきれいさっぱり消し去っている。どこをどう調べてもアランの仲間3人がいた気配など残っていないはずだ。


 ルギは全部の部屋を見て回ると、またアランの前に戻ってきた。


「何かありましたか?」

「いや、何もない」

「でしょうね」

「おかしいぐらいにな」


 そう言ってアランの向かい側の椅子にもう一度座る。


「人っ子一人いなかったかのようにきれいに片付いている。おまえがこの部屋で過ごしているというのにこれはどういうわけだ。なぜ跡形(あとかた)もなくきれいに片付けた。まるで誰かがいた形跡(けいせき)を消したかのように」

 

 ルギは表情を少しも変えず、アランにそう質問をした。

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