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17 水音

 ピシャン……ピシャン……


 どこか遠くで微かに水が垂れる音が聞こえる。

 どこかで水が漏れているのかも知れない。


 セルマはイライラと狭い懲罰房の個室の中を行ったり来たりしていた。

 ここに来て5日目になる。

 その間、ミーヤは何回か呼ばれてルギの部屋に話をしに行ったようだが、自分は全く放置されたままだ。ルギからすでに色々と聞かれているからだろう。


 ここでの待遇は多少良くなった。


「マユリアからのお達しだ。2名の侍女が体調を崩したりせぬよう、もっと暖かく、過ごしやすくとのお言葉です」


 衛士がそう言って個室の中にももう一つずつ火桶を置いた。そして夜具ももっと軽く暖かな物を追加してくれた。

 

 懲罰房は二重の構造になっていて、大きな部屋の中に個室が3つ作られている。その外には焼いた石を置いて水をかけ、蒸気を立てて湿度も保ってくれるようになった。


 セルマとミーヤだけではなく、見張りの衛士たちにも少しでも楽になるようにと、マユリアから色々と気配りがあり、廊下で張り番の衛士たちも過ごしやすくソファやテーブルなどが置かれるようになった。


 最初の頃はしばらく使っていなかっこともあって石造りの部屋は冷え切っており、その寒さと自身の良心との戦いに心身をすり減らしていたためかそれほど意識していなかったのだが、過ごしやすくなって少しゆとりが出てくると、今度はあの水音が気になるようになってきた。


 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……


 一体いつから水漏れがしているのだろう。ほとんど使うことがない部屋なので直されることがないのだろうか。

 

 イライラとしながら水音に気を向けていると、呼ばれていたミーヤが帰ってきた。


「ありがとうございます、大丈夫です」


 衛士に礼を言ってまた懲罰房に戻る。

 鍵がかけられた音、ミーヤが夜着を被ったり座ったりする元が聞こえてくる。


 セルマはますますイライラとしてきた。


(あの者はこの水音が気にならないのか。だとしたらよほど無神経にできているのだろう)


 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……


 たまらなくなってきた。


「衛士!」


 ミーヤが部屋に落ち着くのを見届けていたらしい衛士に声をかける。


「なんです」


 衛士はセルマの房の前まで移動し、丁寧に答えた。


『2名の侍女は隔離はされているが、罪人と決まったものではない、丁寧に対応するように』


 隊長であるルギにそう言われている。

 

 だがセルマにはそれも苛立つことの一つであった。

 とても取次役という自分に対する態度ではない。

 

 だが、そのことを口にして失笑を買うようなことをするほど自分は愚かではない。

 この部屋から出たら思い知らせてくれるのに、そう思いながらも今は受け入れるしかないことだと理解している。


「この水音、どうにかならないのですか」

「水音?」


 まだ若い衛士は不思議そうにそう答える。


「聞こえないのですか?」

「ええ」

「おまえの耳は飾りですか」


 セルマは鼻で笑うように言う。


「いや、そう言われても聞こえないものは聞こえないので」

「よく聞いてみなさい!」


 イラついて声が大きくなる。


 衛士は一応静かに耳を傾けてはみるが、


「いえ、何も聞こえませんが」

「そんな馬鹿な」


 セルマがさらにイラつく。


「あの!」


 少し離れた場所から女の声がする。ミーヤである。


「どうした」

「あの、私にも聞こえますが」

「え?」

「はい、ここに来た時からずっと聞こえていました」

「え!」


 若い衛士が驚いてミーヤの房の前まで戻ってくる。


「本当ですか?」

「はい」

「どんな水音です」

「え、どんなと言われても普通の」

「普通?」

「え、ええ。ピシャンピシャンと絶え間なく」

「いや、私には全く聞こえませんが」

「ええっ?」


 今度はミーヤの方が驚く。


「こんなにはっきりと聞こえているのに?」

「ええ、全く」

「そんな……」


 人の声がなくなるとますますはっきりと聞こえてくる。


 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……


「聞こえます……」

「そんな……」


 若い二人が黙りこむのにセルマがまたイラつく。


「何を言っているのです。衛士、おまえは耳がおかしいのではありませんか? 一度医者に見てもらいなさい!」

「え、あの、少し待っててください」


 若い衛士は足早に懲罰房から出ていくと、今日の一緒の当番である、もう少し年配の衛士を呼んできた。


「水音が?」

「はい、聞こえますか?」


 もう一人の衛士がじっと聞き入るが、


「いや何も」

「そうですよね?」


 二人で目を見合わせ、房の中にいる二人の侍女の訴えに首を傾げる。


「セルマ様」


 ミーヤが一つ向こうの房のセルマに声をかける。


「なんです」


 セルマも嫌そうに返事をする。

 こんな事態でもなければミーヤと話をするつもりもないが、事情が事情である。


「今も聞こえておりますよね?」

「ええ、はっきりと」


 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……


 衛士二人には聞こえず侍女二人には聞こえる水音の中、もう一度沈黙が支配する。

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