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 9 愛しい我が子

「エリス様、どんな方かお会いしてみたいわ」


 迷うラーラ様の後ろから神がそうおっしゃった。


「ねえラーラ様、いけないのかしら。エリス様が良いとおっしゃっていらっしゃるのですもの、それではだめなの? それにベルが言う通り、ラーラ様もシャンタルでいらっしゃったでしょ、そして今もわたくしのお母様のような方。ベルが言う通りに神のお母様なのだと思えるのだけれど、違うのかしら?」

「シャンタル……」


 小さなシャンタルは子どもらしい「そうしたい」というお気持ちだけでそうおっしゃったのだろうとラーラ様には思えた。だが、この方は今ご自分でもおっしゃったように神でいらっしゃる、単なる子どものわがままだと流してしまうことはできない。神のお言葉は絶対なのだ。


 ラーラ様は少しだけ考えていたが、やがて決心をしたようにこう言った。


「いくつかお聞きしたいことがあります」

「はい、なんでしょうか」

「エリス様はご家族と、それからご主人が許された以外の方にお姿を見られた時には、ご自害も辞さぬお覚悟とお聞きしました。もしもシャンタルとわたくしにお顔をお見せになった後、そうなさる可能性があるのなら、シャンタルがそう望まれたとしても、わたくしにはできないと申し上げることしかできません。たとえそれが神のご意思に逆らうことになったとしても」

「もちろんそんなことはなさいません。エリス様は神とその母にお救いいただきたいとここに参られました。そのために(まこと)のお姿を見ていただきたいのです。お救いいただきながら神から顔を隠すなどということをなさいましたら、それこそご主人にお叱りをいただき、離縁されておしまいになるでしょう」

「離縁……」


 ベルの言葉にラーラ様が言葉をつまらせた。


「確かにご主人とのお約束は何よりも大切な、守らねばならない誓いです。ですが、神に対する不敬をいたすような者をそのまま妻としておくということは、ご主人が神に対する不敬を認めたということ、決して許されることではありません。そして中の国では離縁された妻は、それこそその後、もう命永らえることは叶いません」


 ベルがそう言ってエリス様を振り返ると、エリス様もその通りだというように首を上下に振ったように見えた。


「お約束いただけますか」


 やっとラーラ様も心を決めたようだ。


「シャンタルとわたくしにお顔をお見せになった後、ご主人とのお約束を破られたと思うようなことは決して無い、ご自分の命をご自分で(はかな)くなさるようなことはないと」

「はい、必ずお約束いたします」

「もう一つ、神に対する不敬を行わないために必要なことである。それも(まこと)であるとお誓いいただけますね」

「はい、もちろんでございます」


 ベルとエリス様が揃ってラーラ様、そしてその背後に隠されているシャンタルに向けて頭を下げた。


「それと、これも申し上げておきます。万が一にもご主人がエリス様が誓いを破られたとおっしゃって、エリス様が儚くなられるようなことになったとしたら、その時にはわたくしも神をたばかった罪を得て、そのまま生きていくわけにはまいりません。そのことを重々(じゅうじゅう)お心に刻んでいただきたいのです。その上で、もう一度、真であるとお誓いくださいませ」

「はい、お誓いいたします。エリス様がシャンタルとラーラ様にお顔をお見せになる、神に真実の姿を見ていただくこと、それは決して神聖な誓いを破ることにはあたりません。神に敬意を表すためでございます」

「分かりました、それではそのように」

「はい。それでは」


 ラーラ様の承諾を得て、エリス様はベルの隣に並ぶように前に進み出た。


 ほの暗い寝室の柔らかい灯りに照らされた中、エリス様はゆっくりと(かぶ)り物を取っていく。何重かにかぶったマントやショールを順番にはずすと、今は中の国の衣装ではなく、動きやすいように軽装の上下であった。長い黒髪と褐色の肌が現れ、閉じられたまぶたから下を隠している、うっすらと顔の輪郭が透けて見えるスカーフをはずすと、エリス様はゆっくりと目を開いた。


「まあ、なんてお美しい方……」


 小さなシャンタルがほおっと夢でも見ているような声でそう言うのを、ラーラ様は心臓が止まりそうになり、頭に血が届いてはいないような状態で、遠い空間に浮かぶようにして聞いた。


(シャンタル……)


 一目で分かった。この方は八年前にこの宮を去ったシャンタル、ラーラ様のもう一人のお子様だと。


 銀色の髪は黒いかつらで隠されているが、輝くような褐色の肌、深い深い緑の瞳、それは決して忘れはしない、愛しい我が子の物に間違いはない。


「ラーラ様?」


 小さなシャンタルが何も言わず、身動き一つしないラーラ様に不思議そうな目を向けた時、


「この度は真にありがとうございます、感謝いたします」


 女性にしてはやや低いが、透き通るように心地よい声が耳に飛び込み、小さなシャンタルは視線をラーラ様からエリス様に移す。


「なんて素敵なお声なのでしょう」


 ラーラ様はその声にも反応せず、じっと我が子を見つめ続けることしかできずにいた。

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