19 守護の衛士
交代の日が目の前に迫り、さらにもう1日前に行われるマユリアの婚姻の儀のために、色々なことが行われている。何しろ誰しも初めてのことだ、何をどうすれば良いのかを知る者はいない。自然、儀式を司る神官長の意見が通り、それこそが正しい形ということになる。
今日は婚姻まで残り4日。式次第の説明と確認のために、マユリアと国王、それから式を見守る「守護の衛士」としてルギの3名が神殿に呼ばれていた。
「と、このように執り行う次第でございますが、何か質問などがございましたらどうぞ」
神官長にそう言われても、3人とも特に質問もないようで、何も聞くことはなかった。
国王はちらりとルギを横目で見る。今日のルギのいでたちはいつもの衛士の物だ。当日は衛士としての最高位の正装になると神官長からの説明は受けた。白と金に彩られた衛士の正装はこれまでの代々の衛士たち、種々の儀式の中で目にしてきている。当日のルギの姿は晴れ晴れしいものとなるだろうとその姿の予想ができる。
だがそれは、あくまで家臣として、衛士としての最高位だ。国王たる自分の、それ以上の豪奢さはない正装と比較すらできるものではない。衛士の正装には貂の毛皮もなければ当然光り輝く王冠も、その他種々の宝石もない。マユリアの、女神の高貴な婚礼衣装と並ぶことができるのは、優雅なマントの裾をひく国王の正装だけなのだ。
国王は少しだけ顔を向けてまたルギを見る。ルギはその視線を知るのか知らぬのか、少し視線を落とし、伏し目がちに自分の足元を見つめているようだ。その表情からは何をどう考えているのか一切伺うことはできない。
確かに国王の目から見てもルギの姿は立派なものだと思わざるを得ない。すらりと背が高くて一部の隙もなく、いかにも衛士、守る者という感じに見える。表情は引き締まり、忠義の者そのものだ。その顔の造りも無骨ではあるが悪くはない。まるで物語に出てくる伝説の騎士のようでもある。
国王は自分に自信があった。元よりシャンタリオの正当な王位継承者であるだけではなく、外見も秀でていると、ひいき目ではなく本人ですら思う。知識や教養、それに武術や馬術にも優れており、もちろん為政者としていかに民を幸せにするべきかの帝王学だって修めている。
欠けることなく完璧な国王、そうなるべくこの八年の間、たゆまず努力を続けてきた。その上で愚かな父王を排除し、人の頂に上り詰め、女神と肩を並べるまでになったのだ。
誰の目にも自分こそ女神にふさわしい者、その自信に満ちており、交代の後はマユリアが両親と相談の上、皇妃として正式に妻になるのを待つばかりだと確信を持っている。
(それなのになぜだ)
ルギを見ると気後れがするのだ。そしてイラついてくる。
国王は神殿でマユリアとの婚儀の流れを説明され、とても満足をしている。婚礼のランプがなくとも、もっと高い位置で女神を王家にお迎えする、女神の配偶者となるための儀式の場に立つ自分に満足をしている。
ルギはあくまで従者だ。この高潔な儀式に魔を近づけぬための守護の者。高貴な女神と王の永遠の契約を見守る者でしかない。
(この聖なる儀式に列するのは予と女神だけ、この国の頂点に並び立つ聖なる結びつきの二人だけだ。付き従う従者など石ころと同じ)
国王は何度も自分にそう言い聞かせる。だが、その度にその思いがかえって心にもやをかける行為のように感じられて仕方がなくなる。
父王から王座を奪い、マユリアに求婚をしたあの時、国王はルギにこの後の身の振り方を考えるようにと命じた。このまま宮に残るのか、それとも「新皇妃」付きとして王宮へ移動したいのかを選ぶようにと。あの時、自分との違いを、差を、思い知らせたはずだ。それなのにどうだ、この男はあの時と何一つ変わらず、マユリアに付き従うのは自分だとばかり、このような重要な儀式の中にまで入り込む。
国王はますますルギをひれ伏せさせたくなる。
(あの時にはまだマユリアは迷っていた。だが、婚儀を受け入れるということは、その後は我が元に来るということだ)
国王はそれが事実であると信じていた。その気持ちがなくば、女神が人の世に降りるなどと決意するはずがないと。
「衛士ルギよ」
「はっ」
国王の言葉でルギは膝をつき、正式の礼をする。最高の尊敬を現す最高の礼を。だが、国王にはその姿すら気に障る。ルギの忠心はマユリアにのみ向けられている、それを知っているからだ。
「此度の聖なる儀式に守護の衛士として付き従うこと、予もマユリアも大変満足しておる。当日もそのように、誠心誠意、我らを魔より守る役目を務めるように」
「はい」
国王は自分とマユリアの二人が主である、言葉の端々にそう含ませてルギに命じ、そしてルギはいつものように言葉少なにその命に答えた。
国王はすこし離れて並んで立つマユリアを視線だけを動かして見た。
マユリアはいつものように美しい顔に優しい笑みを浮かべ、その笑みをルギに投げかけている。
国王はたとえこうして並んでいても、跪き、深く頭を下げるルギこそ、マユリアが並び立つ者と認めているように思え、やはり不安を拭い去ることができなかった。




