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15 信頼できる者

 セルマは今の自分が不思議でならなかった。


 一度はシャンタル宮の最高権力者の立場にいたと自分で思っていた。侍女頭のキリエを超えて、マユリアと同じ高みにいるような気になっていた。今度の交代が終わったら、神官長という後ろ盾を得て、確実に宮の頂点に登るのだと信じていた。


「取次役」


 その言葉の元に侍女たちはひれ伏し、誰も自分に逆らう者はいなくなった。


 今、自分はあの時と同じ取次役に戻っているが、その中身は全く違う。侍女頭直属の取次役の一員。ごく普通の奥宮の侍女の一人。今はそれがセルマという侍女であった。


 一度頂点に立った者がその座から転げ落ちるのは耐えられないことだ。そんなことになるぐらいなら、生き恥をさらすぐらいなら、命を失ったほうがましだと思っていた。

 あの懲罰房の中でも、その後移された部屋にいてもなお、ずっとセルマはそこから立場を挽回(ばんかい)し、もう一度、今度こそ確実に頂点、侍女頭の座を手に入れるのだと信じていた。


 だが今のこれが真実だ。自分は元の通りの一侍女に過ぎない。この慌ただしさの中、他の侍女たちと横並びで宮での務めをこなしていく日々。なのに、不思議なほどに悔しさも悲しさもないのはどういうことなのだろう。


『どうでしょう、フウ様でよかったとは思いませんか?』

 

 新しくフウを取りまとめ役としてミーヤと共に就いた取次役、その事実に自分は負けたのだと荒れ狂った心をミーヤのその言葉がやわらげてくれた。そして実際にフウのおかげで今、普通に日々を過ごせている。心の内は分からないが、誰もおおっぴらにセルマを疎み、つまはじきにする者はいない。


 今だからこそ分かる。キリエは本当にセルマのことを考えていてくれた。そのおかげで今の自分はある。


『そんなにいつまでも、他人のことを見続けていられる人はいません。すぐに慣れます。そうするとあちらも興味を失いますから』


 ミーヤが言ったように、今はもうほとんど自分に対して厳しい目や憐れむ目を、向ける者はいない。そんな興味をいつまでも持ち続けられる者は本当にいなかったようだ。みな、自分のことで精一杯なのだろう。


 八年前、まだ16歳だったミーヤは好奇の目に一人で耐えたその経験を、ずっと年上の自分に教えてくれた。


 それはおそらく、ミーヤの心には支えとなる存在があったからだろう。


(その支えとは……)


 そこまで考えてセルマはそこでやめる。もしもそれが本当であっても、そうではなかったとしても、自分はもうそのことには触れるまい。ミーヤが大切にしていることを汚すようなことはすまい、そう思ったからだ。

 今、自分はミーヤを信頼している。そして直属の上司となったフウのことも。そのことがとても不思議でたまらない。


 だが、その二人が信頼しているキリエに対しては、やはりまだわだかまりが残っている。


(それはあの秘密のことがあるからだ)


 セルマは神官長からマユリア、先代「黒のシャンタル」、当代、そして次のシャンタルにして最後のシャンタルとなる次代様の4人の両親が同じであるとセルマに知らせた。


『つまり、この国には、この世界には未来がないのです。親御様のご年齢を考えると、もしかすると当代が最後のシャンタルになられる可能性があります。もしももうお一人、次代様がお生まれになったとしてもそのお方が最後になるのはほぼ決まっているような状態です。可能性としては、さらにもうお一人ないと言い切れはしませんが、あるとしたら奇跡のようなことです。そしてその奇跡は間違いなく最後となります』


 神官長は念には念を入れるような形でそう言ったが、聞いた当時、すでに次代様すらお生まれになるかどうかの瀬戸際という状態であった。幸いにも次代様はご誕生になられたが、その後はほぼ間違いなくどなたもいらっしゃらないと言えるだろう。


(そのことを知っていて、どうしてキリエ様は知らぬ顔をしているのか)


 セルマはどうしてもどうしても、そのことだけは引っかかる。キリエを信じたいと思う気持ちを不信感が押し止めるのだ。もしかしたら、神官長の方こそ正しいのではないか、やはり自分が取次役としてシャンタル宮をまとめ、迷う侍女たちを救わなくてはいけないのではないか、そう思う気持ちがどこかにある。

 そして、頂点にいると信じていた時のあの時のぞくぞくするような気持ち、自分こそが尊い存在である、そのなんとも言えぬ甘美な誇らしい気持ち。あの気持ちを取り戻したい、自分の中の誰かがそう囁きかけてくるのだ。


――そう、わたくしこそが神とも並ぶ尊い存在なのだ――


 そんな言葉が心の奥底から湧き上がりそうになる。


 だが、そうなりそうになるとセルマは自分に言い聞かせる。


(今、自分が信じる者を、信頼できる者を見る)


 そうするとミーヤとフウの顔が浮かんでくる。今、一番信頼できる者たちの顔が。


 今、セルマにとって一番確かなことは、フウとミーヤがやってくれたこと、言ってくれたことだった。それが迷うセルマの道標(みちしるべ)になってくれた。


 だが、とそこでまた考えが戻るのだ。


 この世界の危機、シャンタルの秘密を知りながらキリエはなぜ、と。

 

 信頼と不信、その間で今もセルマは揺れ続けている。

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