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 9 永遠の主

 トーヤを見送るでもなく見送ってから、しばらくキリエは座ったまま考え続けていた。


(今の主は主であって主ではない)


 つまり、今のマユリアは当代マユリアではないということになる。


 そのことはうっすらと感じていた。あの時感じた小さな違和感。どう考えても納得ができないその違和感を、今までにはない事態を受け止め、乗り越えてこられたマユリアが、さらに神が人に近づく、直接人を守るその存在になることを決意なさったためだと自分を納得させていた気がする。


(トーヤは今のマユリアをご存知ではない、それなのにどうしてそんなことが分かったのだろう)


 これが今の新しい疑問ではあるが、決してトーヤの言葉は嘘ではないと自分の全体で理解していることに驚いていた。


 そう、トーヤが言っていた通り、マユリアはマユリアではないがマユリアのままだ。これは一体どういうことなのか。キリエは椅子に座ったまま考え続けたが、その先につながったのは信じられないような結論だった。


 マユリアはマユリア、ではマユリアとは一体何者か?


 侍女が宮に入ってまず教えられること、それはシャンタルとマユリアについて。お二人はその身は写し身としてこの世の人ではあり、交代のたびにその身は新しい御身(おんみ)に交代はなさるが、その本質はその内に御座(おわ)す神であるということ。だから交代があり、目の前のお方が別のお方に変わったとしても、お仕えしているお方は変わらない、ずっと同じシャンタルでありマユリアである。それを身にしみるほど教えられるのだ。


「お仕えする主はただお二人、永遠(とわ)にシャンタルとマユリア」


 この言葉を自分も何度口にして、何十人の侍女たちに言い聞かせてきたことだろう。


 お仕えする相手は中にいらっしゃるシャンタルでありマユリア、目の前のお方はただその神を宿す器でしかない。だから交代の(のち)唯人(ただひと)に戻られて市井(しせい)の方となられる。それまでのご苦労に報いるために、人に戻られた(のち)に生涯苦労をなさらないように十分な報酬をお渡しし、人に戻られた後も神であったお方として尊敬を受け続けられる。

 

 だがそれは真実ではなかったと今ではキリエにも分かる。ラーラ様の家族はその出産によって母が健康を損ね、命を縮めたことからラーラ様を(うと)んじ、受け入れることを拒否した。


「その上で報酬だけは今までと変わらずと連絡してきたのだった……」


 ラーラ様はそのような事情は一切知らず、「黒のシャンタル」のご誕生を知り、侍女としてその秘密を守るために宮に残られる道を選ばれた。自らシャンタルの母になり、もう一人のマユリアになると決められたのだ。

 残りの報酬はラーラ様ご本人に支払われるべきもの、ラーラ様の家族が受け取るべきものではない。それ故キリエがこれからは支払いを停止すると連絡をした途端、あさましくもラーラ様の兄弟姉妹は大慌てで連絡を寄越してきた。


「一度は神であられた身、そのために考えた末に妹は宮に残った方が良いのではないかとの結論を出しましたが、やはり家族揃って生活をするのが本当の幸せではないかと思い直しました。病を得て弱っている余命いくばくもない父にも会わせてやりたい。妹を故郷に戻してはくださいませんでしょうか。家族全員、妹が戻って来る日を心待ちにしております」


 文面だけは温かい言葉をひたすら並べていたが、目的は金であることは明らかであった。


「シャンタルでありマユリアであった事実は、必ずしも人に戻ったお方にその後も引き続き尊敬をもたらすものではない」


 では、これまで人にお戻りになった先人たちはその先、どのような人生をお過ごしになられたのだろう。キリエはそれ以来ずっとそのことが頭の隅に残るようになっていた。


 ラーラ様の次のマユリアは今でもマユリアとしてこの宮におありになる。


 先代の「黒のシャンタル」は八年の時を経て今この国に戻って来られ、おそらく今この宮のどこかにいらっしゃる。


 当代は今もシャンタルとしてこの宮に心細げに君臨なさっている。


 そして最後のシャンタル、次代様はこの世にお産まれになってまだ何も知らぬまま静かにお休みになられている。


 同じ父と母から生まれた4人のシャンタルは、今、揃ってこの宮にいらっしゃる。だが本当の神は、ただお一人の尊いお方は、その方々の中にいらっしゃった唯一の神。


「外のお方が変わろうとも我が主はただお一人……」


 では、つまりそういうことなのか。


「今のマユリアはただお一人のそのマユリア……」


 本来は人であるマユリアの中からこの世を人を見守られていらっしゃったはずのその神が、どうしてか理由は分からないが表に出ていらっしゃる。そしてこれもまた理由は分からないが女王として人の(いただき)に登ろうともなさっている。


 キリエにとって主に従うのはごく当然のこと。たとえそれが滅びの道だとしても。


「ですが、ルギにとっては『永遠(とわ)(あるじ)』は当代マユリアただお一人」


 今の主がルギの本当の主ではないのだとしたら、知っていて黙っていることはできないのではないだろうか。


「本当に厄介な問題を持ってきてくれたものです」


 トーヤに愚痴をこぼしながらも、なんとなくキリエは正しいことができることが、うれしいような気もしていた。

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