3 動ける者、動ける時、動ける場所
ダルの元に報告が入っていた。
「あちらこちらで人が集まって、なんだかあまりいい雰囲気ではないとの報告が上がってます」
月虹隊にリュセルスの街の者がそんなことを言ってくるのだそうだ。
本来なら街のことは憲兵の仕事なのだが、憲兵はどうも少し高圧的な部分があり、ちょっとした不安、小さなことなどは月虹隊に言ってくる者も少なくはない。
月虹兵は兵と言っても半分は市井の者、気安く話しかけやすいのだろう。その気持ちは分からないではないが、元々の職務が「宮と民とを取り持つ役目」で発足した部隊だ。そこに合わせて場合によっては衛士や憲兵に協力するという半官半民の組織なだけに、時に越権行為として憲兵が機嫌を損ねたりすることもある。なかなかに中間の存在というのは難しいこともある立場だと言わざるを得ない。
その難しい立場の月虹兵がうまくリュセルスの民に受け入れられたのは、隊長であるダルの人柄も大きかったと言えるだろう。ダルはあくまで自分は漁師で、宮と民をつなぐための役割でしかないとはっきりと言って、決して偉そうな態度を取らなかった。最初は成り上がりと冷たい言葉をかけたり、嫌がらせのようなことをする者もあるにはあったのだが、ダルはそんな相手にも決して上からの立場は取らず、かといって卑屈にもならなかった。そしてダルが選んだ最初の10人も、やはり穏やかで、それでいて芯に強さを持つ者ばかりだったおかげで、次第に「街のお手伝いの兵」という役割が浸透し、今ではなくてはならない存在となった。
今回もそうして街の不穏を感じた民が「ちょっと怖いんだが」といった感じで話を持ってくる。今のところはまだ正式に憲兵に調べてもらうほどではない、だが不安だと感じた者が世間話程度の感覚で月虹兵に声をかける。だが、案外こうしたことが前もって色々な問題が大事になる前に収めたるきっかけになることもあった。
「何があったんでしょうね」
話を聞いてきた月虹兵はそう言って少しだけ不安そうな顔をするが、本当に起こっていることを知らないので、まだそれほど深刻そうにはしていない。
だがダルは知っている。今、どれほどこの世界が危機に瀕しているか、宮におられる主の身の上に何が起こっているかを。
その知っていることを知らぬ顔をして、月虹隊のみなにこの国をこの世界を守るために動いてもらわなければならない。これはかなり大変なことだ。
今、あの不思議な空間に呼ばれた仲間の中で一番動けるのはダルだ。宮にもカースにもアルロス号にも、そしてオーサ商会にも出入りできる唯一の人間だからだ。だが、トーヤたちとの関係をキリエやルギに、そしてマユリアの中のマユリアにも知られているため、迂闊なことはできない。
次に動けるのはおそらくディレンとハリオだろう。宮とアルロス号、そしてオーサ商会に出入りできる。この間リルの見舞いの時に顔を合わせているのでカースに行けないこともないが、
(今、この状態でカースに出入りしたら絶対目をつけられる)
そこはそう考え、行かない方がいいだろう。
ただ、ハリオが今回のことに関係があるとはおそらくキリエもルギも気がついてはいない。
(まさか、あんなところに呼ばれてるなんてキリエ様もルギも思いもしないだろう。多分ハリオさんとアーダさんのことは知られていないはず)
そうは思うが、一応気をつけて気をつけて気をつけるにこしたことはない。
知られていないと言えばカースの実家の家族たちのことももちろん、運命を共にしているなんてあちらには想像できていないはずだ。だが、カースの家族たちは宮へ簡単に来るわけにはいかない。リルのところだって、頻繁に出入りすると不審に思われる可能性がある。
動ける者と動ける時、動ける場所を見計らいながらこの先のことを決めて伝えていかないと、残りはもう後7日なのだ。そう、最後の召喚を終えてすでに一晩経過している。こうなると時間の動きというものはとてつもなく早く感じる。
ダルは街の中の不穏な動きのことをトーヤに伝え、どう動こうかと相談したかった。自分一人の考えだけで動くのはどうにも不安だ。
(だけど、大きな流れだけを決めたら俺が責任を持って動かないといけないこともあるんだろうな)
そのために、やはり今日は宮へ行ってトーヤとアランに話をしておかなければ。
一体何がどういう形で起こるかが全く分からない。宮のことも今ではほとんど教えてはもらえない。それはダルだけではなく、侍女として仕えているミーヤも同じことだった。キリエが敵対宣言をした後、形だけは今までと変わらない環境ではあるが、ごく自然に一線を引かれたような立場にいると言っていた。
(それはルギも一緒だしな)
ダルはルギの唯一の友人と言っていい存在だが、今は個人的な話をすることはほぼなくなっている。元々二人が友人同士と認識していない者も多く、こちらも見た目だけは今までと同じ、隊長同士が必要な連絡を取り合っていると見られていて、それは決して間違ってはいない。
ただ、そのことをダルは想像以上にさびしく感じていた。ルギも大事な友なのだから。




