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20 失われる加護

「女神マユリア……」


 マユリアはそう口にすると鏡に映る自分の姿に頬を寄せた。


 今は世界で一番尊く一番美しい神は自分である。人を慈しむこの上なく尊い神。この姿がその象徴であるとマユリアは思った。


「女王マユリア……」


 そう、そしてこの先は自分が自ら人の世を守るのだ。


 シャンタリオに次代様が産まれない、次代様を産む親御様が現れない。その事実を知った時、(あるじ)シャンタルはこう言った。


『人の世のことは人に任せ、わたくしたちは神の世に参ろうと思います』


「そんな、では人は、一体どうなると言うのです!」


 マユリアは主にそう尋ねる。


『分かりません』


『ですが、わたくしたちにできるのはここまで』


『この先のことはもっと大きな流れの中のこと』


『この二千年のこと、間違いであったとは思いません』


『ですが、流れは変わり、この先のことはもう、人に任せるしかない』


『千年前、この世界が眠りについた時から』


『今日のことはもう決まっていたことなのです』


「そんな……」


 マユリアは主の言葉に何をどう返していいものか分からなかった。だが、一つだけ自分にもできることがある、それを思いついた。


「では、次代様が、次のシャンタルが生まれたならば、この人の世に留まっていただけましょうか」


「わたくしの身を、この世の人の身として差し出します」


「そうして再びシャンタルを宿す次代様がこの世に戻ってまいるならば」


「これまでと同じく、シャンタルの神域をお守りいただけましょうか」


 マユリアの必死の訴えに主シャンタルは少し考えてからこう聞いた。


『それが、一体どういう意味を持つか、おまえには分かっているのですか』


「はい」


『神としての肉体を失うということは』


『もう二度と元の姿に戻るとことはできないということ』


「構いません」


 マユリアはきっぱりと言う。


「すでに二千年前に一度この身は捨てたも同然。今もこうして人の世で借り物の肉体に宿って生きておりますが、わたくしはその状態に満足しております。今さら元の神の身に戻りたいとは思っておりません」


 そう、今さら神の世に戻ってどうなるという。あの時、自分は主と共にこの人の地で人のために生きるという道を選んだ。人が愛しい。これからもずっと、この世で人と共にありたい。


「そうです、わたくしはどこまでも人と共にありたいと願います。そのためならば肉体など惜しくはありません。どうぞ、わたくしの願いを叶えてください」


 今、自分の肉体はマユリアの海に静かに沈んでいる。主シャンタルの肉体が沈む、聖なる森の聖なる湖から流れ出る冷たく清らかな水。その水に守られて神域の水底に。

 すでに自分の物ではなくなっているその肉体、聖なる存在として人を見守るための象徴のようなその肉体を、今さらどうこうと思う気持ちは全くない。たとえその神域から肉体が失われたとしても、すでにその地自体が神域として力を持ち、その地を(たっと)ぶ人たちの想いが慈悲として(あふ)れ続けている。


「そうです、わたくしの肉体がなくとも、神域は失われません。あの神域から溢れる慈悲は、人を愛する気持ちは、これからも永遠に()()で続けるのです。そうすることで人が安心し、幸せにこの先もこの神域で生きていけるのなら、むしろ光栄に思います。ぜひ、そうさせてくださいませ」


 マユリアはあの時の気持ちを思い出す。


 マユリアは人を心の底から愛していた。その人のためならば何かもを打ち捨てて構わない。その気持ちを主シャンタルも受け入れてくれた。そしてやっと、次代様を宿す親御様を見つけることができたのだ。


 その女性はすでに高齢の域に入ると言っていい年齢であった。年若(としわか)で産んだ長子(ちょうし)はすでに成人して家庭を持ち、今度産む子は長子の子、つまり孫と同じ年齢になる。その後にも数人の子があり、全ての子を慈しみ、母性強く、神の身を持つシャンタルの母たる人。すばらしい人であった。


 ただ、ラーラを身ごもった頃から体調を崩し、親御様として宮へ迎える道程(どうてい)にも、その身を案ずるほどの健康状態。なんとか宮に入り、難産の末にやっと出産をしたものの、遠い故郷へ戻れるようになるには長い年月がかかり、やっと戻った後も健康を取り戻すことはなかった。その結果、子どもたちは心の底では末の妹、シャンタルの親になったことで慈愛深き母がつらい人生を送ることになったと、ラーラの存在を疎ましく思うようになる。それほど神を人として産むということは、人の身に負担をかけることなのだとよく分かった。


 だが、ラーラの母のある意味犠牲とも言える出産と、次に主シャンタルが自分の御身を人にとおしゃったことで、次のシャンタルの母が見えてきた。


 それはなんとも(いとけな)き女の子。そしてその子に並ぶ同じ年の男の子。この二人が十年後にシャンタルの親となる。そしてその意味がやがて分かることになる。


「最後のシャンタルの親」


――この先、この二人以外に新しくシャンタルの親となる人は産まれない――


 その二人がこの後産む四人の子、それがこの地に生まれるシャンタルの全てであった。


「シャンタルがこの地を守る時代は終わる、シャンタリオは女神の加護を失う」


 運命はそう決まっていた。

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