15 婚礼衣装
トーヤたちが光の、女神シャンタルの最後の召喚を終えた頃、奥宮では晴れやかなため息が、絶え間なく押し寄せる波のように惜しげもなく流され続けていた。
「なんてお美しいのでしょう……」
マユリアの宮殿、そこで婚礼衣装の最後の仕上げが行われていた。
シャンタル宮には色々な衣装を仕立てるお針子がたくさんいる。八年前、ミーヤが「助け手」の世話係になるまえに所属していた「衣装係」は身につける衣装を管理する部署であったが、「縫部の司」は文字通り衣装を作る部署だ。
衣装にもシャンタルやマユリアのような高貴な方が身につけられる衣装から、侍女の衣装や、下働きの者が身につける労働着、ダルが作ってもらったような宮に滞在される来客用のまで色々な衣装がある。ありとあらゆる布と糸で仕上げる物を縫い上げる部署、それが「縫部の司」なのだ。
その中でも特に頂点である「縫部の司の長」ともなると、直々に女神のお体に触れるお衣装を作る真に誉な役目として、そこらの古い侍女など足元にも及ばぬほどの尊敬を集める。そのため、いつかは自分もと裁縫の修業をする女性も多い。
だが、そんな布と名のつくものならなんでも作ってきた「縫部の司」ではあるが、二千年の歴史の中で唯一作ったことがない衣装があった。
「婚礼衣装」
シャンタル宮でこの衣装を身につける者は今まで一人もいなかった。それこそ文字通り、上から下まで全ての人間の中でたった一人も。もちろん宮を出た後で嫁ぐ時に身に着けた者はいる。だが、一生を清らかに神に仕える身である侍女には不要な衣装である。着る者がいなくて当然のことだ。
下働きの者の中には「箕帚の司の長」であるハナのように、夫を亡くしたなどの理由で宮へ仕えるようになる者もいるが、それは俗世にいた時のこと、宮に入り、宮に仕えている間は、そのような相手がいないことが絶対的な前提である。
その初めて作成された婚礼衣装、それをお召しになられるのは、二千年の歴代シャンタルの中で最も美しいと言われる当代マユリアだ。
現在の縫部の司の長のクスナはシャンタルの交代後、長職を後進のカルムに譲って相談役になる予定であった。
「その最後にこのように光栄な仕事をさせていただけるなんて」
クスナはキリエから話が来た時に涙ぐんでそう言った。
「私は裁縫の腕ではまだまだ誰にも負けるつもりはありません、ですが、目が少々薄くなってまいりました」
クスナは五十代の半ば、最近かなり老眼が進み、それも引退を決意させた理由の一つであった。
「それに、新しい若い感覚にも乏しいとの自覚もあります。それゆえ次の長に指名しておりますカルムと共に名誉ある仕事をさせていただきたいのですが、構わないでしょうか」
「それはもちろん構いません。おまえたちが最高の仕事をしてくれること、それを最優先にしてください。これは二千年の歴史の中で初めてであり、そしておそらくは最後となる儀式のための用意です。任せましたよ」
「はい、必ずや私の人生で最も誇れる仕事にさせていただきます!」
クスナはカルムと力を合わせ、「縫部の司」の全力を注ぎ込み、一月足らずという短い期間に、まるで神話の中に出てくるような素晴らしい婚礼衣装を縫い上げた。
胸元は鎖骨のあたりまで横に広く金の縫い取りと真珠を散らした刺繍を施し、その上の素肌の首元には紫水晶と金にさざれ石を重ねた首飾り。
ハイウエストに幅広の帯をやはり金とさざれ石の刺繍を施して軽く結び、背中で結んだその先は、細い腰に沿ってなだらかに流れるままのレースを重ねたスカートと一体になり、長く裾を引いている。
その上から薄紫のレースに金をあしらった透ける生地の肩掛けを左右からゆるやかに巻き付け、それは頭の上からかぶったやはり透けるベールと溶け合うように、全身を紗幕のように包みながら流れ落ちている。
腕は肘から同じ色の長い手袋。中指につけた指輪は肩掛けの布の端とつながっており、軽く手を上げるとまるで美しい羽根のように広がる。
紫と金に彩られた婚礼衣装に身を包んだマユリアは黒髪を豊かにとき流し、額にはいつもの紫の宝石、そしてベールを上から留めるようにティアラのようなサークレットをつけている。
まるで天上から舞い降りた美の化身。
シャンタリオの伝統的な花嫁衣装は白を基調にし、そこに花嫁の好みの色を一色添えるような形が多いが、マユリアの場合は普通の花嫁とは立場が違う。
「キリエ様から今度の御婚礼の意味をお聞きして、人の花嫁が人に嫁ぐのはまた意味合いが違うと思いました。そこで最も尊い濃い紫を基調に、神々しさを表す金と水晶のきらめきを添え、天から地上に降りた女神のお姿を現そうとクスナ様と相談いたしました。ですが……」
次期「縫部の司の長」であるカルムは、そこまで説明すると思わずほおっと深くため息をつく。
「私どもの手ではとてもとてもマユリアのお美しさに叶うはずもなく、これが精一杯でございます。どうぞお許しくださいませ」
そう言って跪いて深く頭を下げ、クスナも後継者に続いて同じく深く深く頭を下げた。




