7 剣の役割
「じゃからな、おまえさんは自分が刺し違えてでもとそんなことを考える必要はない。やるならわしがやる」
村長はそう言うと、しわだらけの顔をくしゃくしゃにしてトーヤにそう言った。
「じいさん、何言ってんだよ。俺はそんなこと――」
「ごまかすな。わしだけじゃない、ミーヤにも分かっとる。なあ」
村長は今度は黙ったままのミーヤにそう声をかけた。
どうしよう。どう答えればいいのだろう。ミーヤはそう思って動けないままだ。
「ですからお聞きしたい。もしも、ルギがマユリアの従者として永遠に生きる運命から免れたとしたら、その時には女王マユリアがこの世を手にする可能性はどの程度になるものでしょう」
光は村長の言葉を聞き、あの蜘蛛の巣のような可能性の広がりを見せた。その輝きは同じ道を示している。
『マユリアが女王になるために必要なのは、『黒のシャンタル』の力です』
『ルギがいなくなったとしても、可能性が変わることはないでしょう』
『ただ、その先の穢れを受ける事象をマユリア本人が受けるようになるだけ』
『ルギはマユリアの剣、穢れを払うための役割を担う者』
『何者にも染まらぬという力を手に入れたなら』
『もう穢れを恐れる必要もなくなる』
「では、ルギとは一体どのような存在だとおっしゃるのです!」
村長がかなり感情的に声を荒げた。
「家族とのつらい別れを経験し、己の命まで捨てようとしたその先に見つけたマユリアの従者という運命。それすらなくても構わぬことだとしたら、あれは何のために生まれてきた! なんのために自分の運命に耐えてきた! マユリアのそばに自分の場所を見つけたのは、そんな運命のためではなかろう!」
「じいちゃん、興奮しないで」
ナスタが身を乗り出すようにする村長をなだめる。だが村長はナスタを振り切るようにして続けた。
「わしは自分の家族と同じように名を分けたルギも大事なのです。ですが、あれが忌むべき者になった時、そしてその後一人きりになってしもうた時、何もしてやれなんだ。村のためと言いながらむしろ見捨てた。今でもそのことは深い悔いとなって残っておる、あれを孤独にしてしまったことは……その中でやっと見つけた運命がそんな残酷なものだとしたら、あれはなんのために生まれてきた!」
『カースの村長、ルギという名を持つ者』
『落ち着いて』
『ルギが見つけた運命は、わたくしの侍女のマユリアではありません』
『当時のシャンタル、当代マユリア』
『女王になろうとしているマユリアではありません』
「それは一体……」
光の声に村長が続けて話そうとするが、息を切らせ、言葉が続かない。
「じいさん、続きは俺が聞く。とりあえず座ってくれ。おっかさん頼むよ」
「分かったよ。じいちゃん、とにかくゆっくり座って」
「お水を」
リルの部屋でナスタたちが村長を落ち着かせる。
「よし、続きだ。その話じゃ、ルギは女王のそばであんな風にならなくてもいいってことだよな」
『その通りです』
「そんじゃなんであんなことになってるんだ」
『それはマユリアと当代が一つになってしまっているからかと』
「前に聞いたよな、当代があんたの侍女に取り込まれて、消えちまった可能性はないかって。それでいくとそうなってるってことに聞こえる」
トーヤの言葉にみなが、特に侍女の3人の表情が強張る。
『そうではありません』
『もちろんその可能性もありますが』
『ただ、マユリアと当代が重なっていることは事実』
『ルギの目には二人は一人としか見えていません』
「なるほど分かった。確かに俺らから見ても同じ人間にしか見えねえ」
「だったら、ルギにそれはちがうマユリアだって言ってやったら、わかってくれるってこと?」
ベルが光に尋ねる。
『その可能性もあります』
『ですが、ルギに果たして二人の区別がつくでしょうか』
『また、区別がついたとして、切り離して考えることができるでしょうか』
「それは……」
ベルがぐっと黙ってしまう。
「つまり、ルギに今仕えてる相手はおまえが運命の主と定めたマユリアとは違う、それを分からせりゃいいってことですか」
アランが続けた。
『できるのならば』
「なかなかむずかしそうだよな」
トーヤが苦笑しながら言う。
「だけどさ、そうすりゃルギと戦わなくてもいいかもしれないって分かったじゃん!」
ベルがうれしそうに声を上げた。
「そ、そうですね!」
アーダだ。ベルとうなずき合ってそう言う。
「きっとシャンタルをなんとかしようってのも、マユリアはルギにやらせるつもりだぜ! だから、本当のことをルギに言うんだよ! な、トーヤ、そうだろ!」
「そうだな」
トーヤが柔らかく笑いながらそう答え、ベルの頭に左手を乗せた。
「そんじゃ、そうならないようにおまえらもどうすりゃいいか考えてくれ」
「わかった! じいちゃんのおかげでいい方法が見つかってよかった!」
ベルはもうこれで何もかも解決したようなスッキリした顔をしているが、ミーヤはそう簡単なことではないだろうと思っていた。
それはトーヤの顔を見れば分かる。トーヤには分かっている。ルギは何があろうとマユリアの剣であることをやめないだろうと。どこか似た二人なだけにルギのことを一番分かるのはトーヤなのだろう。




