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 5 許せぬ謝罪

「そうね、そうなんだわ……」


 次にそう言ったのはリルだ。


「私も、八年前のことがあって、自分のできること、役割を知ってそう動くのが自分の人生、そう思ったはずだったんだわ。そしてそれは、自分だけではなくて、自分が守りたいもの、守りたいものたちのためにって……」


 リルはそう言うと、そっと優しく自分の腹を撫でた。


「やっぱりおっかさんも違うな」


 トーヤは八年前に一緒にあの危機を乗り切った仲間の頼もしい言葉に、思わず顔をほころばせる。そしてもう一人のその仲間にそっと顔を向けた。だが、その相手は硬い表情で唇を噛み締めているだけだ。


「よう、あんたも頼むぜ」


 思わずトーヤはミーヤにそう声をかけた。


「…………」


 ミーヤは何も言わず、少しだけ視線を上げてトーヤを見たように思った。だがそのままで、何も言わない。


「おいおい、そんな深刻な顔しなくても大丈夫だって。もしかしたら、万が一。そういう時のために一応そう思っててくれってだけだからよ。ダルもリルもそう分かってるからあんな風に言ってくれてるって分かるだろ? まあ、聞いてみりゃ厳しいこと言ってるみたいだけどよ、今までとそうなんも変わんねえ、気持ちを引き締め直してくれってこった」


 トーヤが調子を軽くしてそう言うが、ミーヤはやはり答えない。


 ミーヤには分かってしまったからだ。トーヤが一番そうして切り捨てようとしているのがトーヤ自身の命のことだということが。


(相変わらずずるい人だ……)


 ミーヤは心の中でそうつぶやいた。


「……なんでも、そうやってすぐに謝るんですね……」

「え?」


 ミーヤがあまりにも小さな声でつぶやいたため、すぐ近くにいるトーヤにも何を言ったのか分からなかった。


(そうして謝られてしまったら、許すしかないでしょう……)


 だが、どうしてもそれは許せない。許せるはずがない。あまつさえトーヤの命が危険にさらされると思っただけで体の底から冷たい血が湧き上がるようなのに、九分九厘をひっくり返すために間違いなくそうすると決めた目の前の男のことを、ミーヤは許せないと思った。悲しみと恐怖だけではなく激しい怒りも湧いてくる。


 もしものことがあった時、シャンタルが危ない時、トーヤは一番に自分の命を危険にさらす覚悟を決めたのだ。あの映像、立ったままで何かを睨んでいたトーヤの姿、あのままにその「何か」と刺し違えてでもシャンタルを守る決意をした。それほどの決意がなければその「誰か」を倒すことはできない、そう理解したからだ。そしてその「相手」とは誰かも分かる。


(ルギ……)


 トーヤは以前、自分はルギには勝てないだろうと言った。トーヤが勝つことだってあるだろうと言ったベルに、「難しい」「ルギの方が強い」とも。


 それでもトーヤはこうも言っていた。


『どっちかってと、やり合う可能性は高いと思ってる。そしてな、もしもそうなった時には、俺は自分が生き残るためにできることをする』


 生きるために最大限努力するということだと受け止めていた。そしてミーヤはそのこともつらいと思っていた。トーヤが生き残るためとはいえ、誰かを傷つけ、その生命を奪う可能性がある、そう考えただけで胸が苦しくなった。そうしなければトーヤが危険だと分かっていてさえなお、そのことすら耐えられないと思っていたのに……

 

 だが、今トーヤはすでにこう決めている。


――シャンタルを守るためなら、この世を守るためなら自分の命を捨てる――


(トーヤはルギと刺し違える覚悟を決めたのだ……)


 それがあの謝罪なのだとミーヤは理解した。これから自分がやろうとしていることを許してほしい、そう言っているのだと。


 まるで心臓から血の涙が吹き上げてくるような気がする。燃えるように赤い血が氷のように温度をなくして湧き上がってくる。


 一体自分に何を言えと言うのか。何を言ってほしいのか。何も言えない。言いたくないとミーヤは思った。だけど何かを言わなければならない。言わないと、言ってあげないといけないのだ。


「私は……」


 ミーヤは震える小さな声でやっとそう口から出すことができた。そして一度口に出すと、その後は不思議なぐらいすっと続けることができた。


「私はシャンタル宮の侍女です。侍女はシャンタルのためにだけ存在しています。シャンタルをお守りすることは当然のことです。誰かに頼まれる必要もなく、それは確かに侍女の務めです」

「そうか、そうだよな、言うまでもねえよな」


 トーヤは何にも視線を合わせずにそう言ったミーヤに、わざとのように明るくそう言う。


「そんじゃ、みんなでシャンタルを守る。それに全力を尽くす、それでみんないいってこったな?」

「勘違いはしないでください」


 さっと流してみなの了承を得ようとしたトーヤに、ミーヤが視線を上げ、黒い瞳に黒い瞳をぶつけて言う。


「確かにシャンタルをお守りする、それが侍女としての一番の努めであり使命です。でもそれは、決して誰かの犠牲の上に成り立つことであってはいけない。そうも思っています。なぜならシャンタルは慈悲の女神なのですから」

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