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16 真の想い

「わかんないじゃん! トーヤが勝つって可能性もあるじゃん!」


 ベルがミーヤの言葉を打ち消すようにそう叫んだ。


「静かにしろ、外に聞こえるだろうが」


 兄にそう言われ、急いで両手で口を押さえたが、とても黙っていられる状況ではなかった。


「トーヤが勝つこともあるだろ」


 ベルが声を潜めてもう一度そう言う。


「いや、難しいな」


 そう言ったのは本人のトーヤだ。


「なんでだよ! トーヤ死神だろ! どんな相手にでも負けねえっていつも言うじゃん!」

「いや、ルギの方が強いな」


 トーヤがあっさりとそう言った。


「なんでだよ! なんでそんなこと分かるんだよ!」

「分かるもんなんだよ」


 今度はアランが妹に言い聞かせるようにそう続ける。


「俺は実際にルギの腕前を見ちゃいねえから本当のとこまでは分からんが、実際に剣を交わしたトーヤがそう判断してる。ってことは実際にトーヤより強い。そういうことだ」

「そうそう、そういうこった」

「そういうこったじゃねえよ!」


 ベルがトーヤがこともなげに言うことに腹を立てた。


「じゃあさ、どうすんだよ!」

「どうすっかねえ」

「どうすっかねえじゃねえよ!」


 トーヤがさらにこともなげにそう言うのに、ますますベルは腹を立てた。


「その話がほんとなら、トーヤ、ルギに殺されるってことじゃねえかよ! そんなのんびりしてていいのかよ!」

「別にのんびりはしてねえよ」


 トーヤがそういう言葉さえのんびりと聞こえ、ベルは怒りのあまり手が震えてきた。


「ミーヤさんだってなんでそんなに落ち着いてられるんだよ!」

「落ち着いてはいません」


 ミーヤの落ち着いたその言葉さえ、さらにベルの怒りをたぎらせられる。

 だが、次にミーヤの口から出てきたのは思ってもみない言葉だった。


「私には戦いのことは分かりません。ただ、どうしてもルギと戦うようなことはやめていただきたいんです。お願いです、戦わない道を探して下さい」

「あれ、そういうことか!」


 やっとベルはミーヤが言わんとする事を理解した。


 ミーヤが八年前のことを持ち出したのはその事実を伝え、トーヤとルギの対決を止めたい、その思いからだ、それが分かった。


「おれにも分かった! おれも頼む、やめてくれ!」


 ミーヤとベル。トーヤが心から大事に思う二人の女性が必死にそう言ってトーヤを止める。

 二人の言葉にトーヤとアランは何も言えなかった。


 トーヤもアランも戦う場合のことしか頭になかった。どちらもそうなった時、どうやってルギをかわすか、もしくは倒すかしか考えていなかった。


 傭兵をやっている二人だ、それは当然だろう。この先にぶつかる可能性がある、それは戦う可能性があるということだ。そんな時に考えるのは、どうやって戦い、どうやって生き残るか。ずっとそう考えて生きてきたから、今ここで生きている。


「トーヤとアランだけじゃないよね。ベルも私もそう思ってた」


 傭兵二人の心を読んだように、いきなりシャンタルがそう言う。


「不思議だよね。慈悲の女神であるはずの私も、どうすればトーヤがルギに勝てるんだろう、それしか考えてなかった」


 そう言ったシャンタルの声は、なんだか悲しげだった。


「だけどやっぱりミーヤはこの宮の侍女なんだ。どうすれば悲しい出来事が起こらないかを考えてる」


 シャンタルの言葉にベルが少しだけうつむいた。


「おれも、どうやってトーヤが勝つかそれしか考えてなかった」

「うん、私もそう。戦場で暮らす者にはそれが当然になってしまってる。ずっとそういう環境で暮らしてるからね、仕方のないことだよ。ベルがそんなに落ち込むことじゃない」


 シャンタルはいつものように、特別なことではないようにそう言って、ベルの頭を撫でた。

 ベルはじっと頭を撫でられていたが、まっすぐ頭を上げてシャンタルをじっと見る。


「だけどそれって、つまり、ルギを倒すってことになるんだよな」

「うん」

「トーヤが勝てばそれでいいって話じゃない。そんな簡単なことじゃないんだ」


 ベルはそう言って今度はミーヤを見た。


「ミーヤさんは、トーヤにそれもやってほしくないんだよ。そうなんでしょ?」

「ベル……」

「トーヤが傷つけられたり殺されたりするのは嫌だ、だけど同じぐらいトーヤが誰かを傷つけたり殺したりするのが嫌。そうなんだよね?」


 ベルの濃茶の瞳がミーヤの黒い瞳をじっと見つめた。その奥にある真実に訴えかけるように。


「ええ……」


 ミーヤが小さな声で認める。


 ミーヤの真の想いを傭兵仲間4人が知った。


 このオレンジの侍女は、本当の意味でトーヤに傷ついてほしくない、そう思っている。

 トーヤ自身が傷つくだけではなく、その行いによって心が傷つくことすらしてほしくないのだ。


「もしもルギがそこまで本気でトーヤに殺意を向けて来なかったら、おそらくトーヤはルギをなんとかあしらえたように俺も思う」


 戦いの場を知っているアランがそう言う。


「トーヤは何しろ場数を踏んでるからな。勝負ってのは腕の良し悪しだけで決まるもんじゃない。だけど、本当の本気で来られたら、そんなゆとりはなくなるだろう」


 アランが一度言葉を止めてまた口を開いた。


「ゆとりがなくなる、つまり本気で倒す気でかからなきゃトーヤがやられる。そういうことだ」

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