4 第三の可能性
「え、え、え?」
ベルがそう言って頭を抱え、シャンタルは黙って普通の様子で考えているようだ。
「あの湖でシャンタルを引っ張れるぐらいのやつなら、あんなところに俺らを呼んでぐだぐだ言ってる間に、とっととシャンタルをどうにかできるとは思わねえか?」
トーヤは自分の考えをそう述べた。
「そ、そうだよな。あんだけの力があるんだから、おれだったら、シャンタルをとっ捕まえてとっととなんとかするな」
「そうだね。私もそうするかな」
ベルとシャンタルもトーヤの考えに同意する。
「俺もそう思う。ってことは、本家シャンタル説はちょっとばかり薄まる。じゃあマユリアが引っ張ったのか?」
「いやあ、それはちょっと無理じゃね?」
「そうだよね。その時、マユリアは宮の中にいたはずだし」
「俺もそう思う」
3人の考えは同じ方向を向いているようだ。
「じゃあ、結局トーヤは誰だと思ってんだ?」
「誰なんだろうな……」
マユリアの手を持つ者、それが確実だとすれば、候補はこの2人しかいないはずだ。
「私は違うよね?」
「え?」
「だって、私とマユリアで元々一人のはずじゃない?」
シャンタルが自分の手をじっと見ながらそう言う。
「いやいや、さすがにねえだろ」
「ないってー」
トーヤとベルが同時にそう答えた。
「ないのかな」
「おまえなあ、考えてもみろよ、おまえがおまえの手を引っ張ってどうすんだよ?」
こういう場合にシャンタルに突っ込むのはベルの役割だ。トーヤは黙って様子を見ている。
「だよねえ」
「まあ、手のことだからな、右手で左手を引っ張るってことならできるだろうけどさ、そうしたらどうやって水の底に沈むんだよ?」
「だよねえ」
「ってか、なんで自分で自分を水の底に沈めんだよ」
「だよねえ」
「だよねえ、ばっか言ってんじゃねえよ」
「だよねえ」
「ほらまた」
深刻な話だというのに、この2人にかかるといつもこんな調子だ。トーヤは少しだけ面白くてホッとする。
「いっつも変わらねえよなあ、おまえらはよお」
「いや、だって、こいつがあんまり妙なこと言うからさ」
「だよねえ」
「ほれ」
トーヤは思わずぷうっと吹き出した。
「おまえら見てると和むわ~」
「なんだよ、おれは真剣なんだぞ!」
「だよねえ」
「るせえよ!」
トーヤは思わず爆笑する。
「まあ、ベルが言うように、自分で自分を引っ張っても沈んだりはしねえように俺も思うなあ」
「だよねえはなしで!」
ベルが急いでそう言うのに、
「だよねえ」
と、シャンタルが何も考えないように返事をして、
「るせえよ!」
と、ついにベルがシャンタルにデコピンをかました。
「おまえにそういうことできるのって、ベルだけだよなあ。俺は怖くてやれねえわ」
トーヤがかなり真剣にそう言う。
「とりあえずそれは置いといてだな、シャンタルが自分で引っ張った説もなしだな」
「だよなあ、いくら2人で1人の体使ってるっても、ちょっと無理だよな」
「え?」
トーヤがベルの言葉に反応した。
「おまえ、今なんて言った?」
「へ?」
「今なんか言ったよな?」
「えっと……2人で1人の体使ってる?」
「なんでそんなこと思った?」
「いや、だってさ、シャンタルとマユリアって、元々は女神様1人の体を2人に分けて使ってんだろ?」
「それか……」
と、トーヤが口にした。
「な、なになになに?」
ベルが慌てたようにそう言うが、トーヤはまだ少し黙って考えをまとめている。
こうなるとベルとシャンタルも、そしてもしもこの場にいたらアランも黙ってトーヤの次の言葉を待つ。
トーヤはしばらくの間考えていたが、
「つまり、逆でいくと1人の体に2人が乗っかるってことも可能か」
と、つぶやいた。
「え?」
「あの光はずっと気にしてたよな、誰かに見つかるって」
「え? あ、うん」
「誰に見つかるんだ?」
「え?」
「あれだけの力を持つあいつが怖がる相手、それって誰だ?」
「いや、誰だって聞かれても……」
ベルが答えに詰まるが当然だろう。そんな質問にすんなり答えようもない。
「そうだな、誰かは分からん。けど、あいつが怖がるようなやつがいる。それは間違いない」
「それは、そうかな」
「ってことは、そんだけ力があるやつなら、こんなこともできんじゃねえかな」
トーヤが一度言葉を止めて、ゆっくりと口にした。
「マユリアの体に乗っかってマユリアを操るとか振りをする」
「ええっ!」
「マユリアの手が掴んでたってのは、いわば本当じゃねえ。なんてのかな、そういう風に感じる、そういうことだろ?」
「うん、そうだね」
シャンタルが思い出しながら言う。
「いわばマユリアの気配とか、そういうもんだろ?」
「そうかも」
「そのマユリアの気配を使ったやつがいたとしたら?」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
ベルが異議を申し立てる。
「なんか、その言い方聞いてると、マユリアが誰かに乗っ取られてるみたいに聞こえる」
「そう言ってる」
トーヤがベルの言葉にそう反した。
「あいつが言ってたマユリアを助けてくれっての、それがそういう意味だとも取れねえか?」
「な!」
「マユリアが意識してるかしてないか分からんが、そういうやつがどこかからそんなことしてる。それが第3の可能性な気がする」
トーヤが硬い表情でそう言った。




