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18 見つめるもの

「なあ、トーヤは大丈夫かなあ」


 ベルが心配そうにシャンタルにそう言うと、


「大丈夫じゃないかな」


 と、こともなげにシャンタルが答える。


 ここはあの例の洞窟の中だ。封鎖明けの鐘が鳴ってすぐ、ベルとシャンタルはここに駆け込んだ。


 鐘が鳴る少し前、ダルの兄のダリオが3人が隠れている海神神殿へやってきて、


「宮からの道をたくさんの馬が駆けてくる、多分衛士がここに調べに来たんだよ。今すぐ隠れた方がいい」


 と、報告してくれた。


 それを聞き、トーヤはベルとシャンタルに、


「おまえらはあの洞窟へ行け」


 と言った。


 当初の予定では、3人でマユリアの海を囲むように細長く伸びた半島の先に隠れることになっていた。ダリオが船を一艘つないでくれている。そこの中でじっとしていて、もしも半島の先まで衛士や憲兵が来るようなら、そのまま船で沖に出るつもりだった。


「ええっ、なんでだよ! おまえらって、トーヤはどうすんだ?」

「俺は一人であの船に乗る」


 トーヤがいきなり考えを変えたのには理由があった。


「そんだけの団体さんで来るってことは、ルギはあの洞窟のことは部下には言ってねえ。だから洞窟にまで探しに行くことはねえだろ」

「だったらトーヤも一緒に来りゃいいじゃん、なんでわざわざ一人だけ海へ行くんだよ」

「万が一ってことがある。もしも、衛士たちが洞窟の方へ行くようなら、俺がおとりになる」

「ええっ!」


 ベルが驚いて、


「だめだって、そんなの!」


 必死にトーヤに考えを(ひるが)すように言ったが、


「うるせえな! つべこべ言わずにとっとと行け!」


 と、自分一人、海へ向かって走り出てしまった。


「ベル、トーヤの言う通りにしよう。時間がない」


 シャンタルにそう言われ、ベルは後ろ髪を引かれるような思いで洞窟へと走ったのだ。


 海へ走ったトーヤはつないであった船に乗り込み、もやいを解くと沖へと出た。


 海は凪いでいる。トーヤがこの国に来た時のような嵐の気配は微塵(みじん)もない。


 凪いでいるとはいえ、周囲は真っ暗な海だ。月は半月、薄く海面を照らしてはいるが、薄い雲に覆われ、ちらちらと顔を見せるだけ、ほぼ光がない海の上にぽつんとトーヤが乗った船が浮いている。


 トーヤはカース方面で、おそらく衛士たちが持って動いているだろう松明(たいまつ)の火を楽しそうに眺めていた。


「こんな真夜中にご苦労さんなこった」


 冷やかすようにそう言って、流されないように(かい)を微妙に操りながら、半島から遠くなり過ぎない位置に留まる。


 ベルとシャンタルは無事に洞窟へ入っただろうか。今心配なのはそれだけだ。


「まあ2人ともすばしっこいから大丈夫とは思うが、万が一ってことがあるからな」


 トーヤは雲に隠れる月に向かってそう言う。


 カースの様子は変わらない。小さな火が夏の虫のようにうろうろするだけ。大きな声も聞こえなければ、何か騒ぎが起こる様子もない。これは、誰も隠れていないか全部の家を調べてはいるものの、どこにも誰もいないからではないかとトーヤは読んでいた。


「後は、明るくなるまでに衛士たちが宮へ戻ってくれりゃいいんだけどな」

 

 明るくなってくると、封鎖明けを楽しみにしていたカースの漁師が漁のために船を出す。一応半島の西、マユリアの海側に浮いているので、船はこっちに来ないとは思うのだが、見つからない保証はない。


 トーヤは念のため、もう少しだけ西側に船を移動することにした。


 静かに櫂を動かし、船はマユリアの海の沖に至った。海に線が引いてあるわけではないが、おそらくここから内側に入るとマユリアの海なんだろうな、そう思える位置だ。


 今乗っている船、これは八年前、トーヤがキノスで買い付けてきたあの船だ。洞窟の出口からダリオが乗って、半島の端まで持ってきてくれた。


「おいおい、マユリアの海の沖なんて通って大丈夫だったのかよ」

「ああ、そりゃ大丈夫だ。マユリアの海にさえ入らなきゃなんてこたぁない」

「いやいや、マユリアの海に入ったか入ってないかなんて分かんねえだろ?」

「大丈夫だ、潮目がある」


 ダリオが言うには、マユリアの海からは常に外海(そとうみ)に向かって川が流れるような水流があるのだそうだ。


「そんでな、その流れと交差するように、半島の先からキノス方面に向かって潮目があるんだ。それに乗ってさえいりゃ、マユリアの海に入っちまう心配はない。ちなみに、キノスからこっち戻る時はもうちょいだけ沖に出りゃいい。どんな時でもこの潮目は変わんねえ」


 海の潮目は大体が月の満ち欠けに従って変わるものだが、不思議なことにここの流れだけは変わらないのだそうだ。


「ってことは、これはキノスに向かって流れてるからこの上に……」

 

 トーヤが潮を読みながらそう口に出し、ギクッとして言葉を止めた。


 誰かが見ている……


 こんな海の上、周囲に誰もいないし、地上から見ていたとしてもこちらに分かるはずがない。それなのに、誰かが見ているのが分かる。


 そしてトーヤはその視線というか、その視線の持ち主が発する波動のようなものに覚えがあった。


 これまでに二度感じたことがある。

 多分間違いがない。


 そう思った途端、背中の皮膚がおぞけだつような、産毛が全部逆立つような感覚に包まれた。 

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