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11 待ち望んだ時

 キリエはマユリアとの話を終えると、奥宮を出て今度は離宮へと向かった。

 数日後、次代様がお生まれになる離宮、今は親御様が静かにその時をお待ちになられる離宮へと。


 渡り廊下を渡って離宮に入ると、担当の侍女が正式の礼をして侍女頭を迎えた。


「親御様のご様子は」

「はい、お(すこ)やかにあられます」

「分かりました、ご苦労さま」

 

 キリエは侍女を(ねぎら)うと、声をかけて親御様の客室へと入った。


 室内にはほのかに柔らかい香りが(ただよ)っている。親御様のお心を穏やかにし、ゆっくりとお過ごしいただくために選びぬかれた香だ。室内の装飾も、華美にならず、かといって地味すぎず、暗すぎず、母子を包み込むような、ピンクとオレンジ、そこに少しばかり茶色が混じったような暖かな色合いに統一されている。


 部屋の中には大きな天蓋(てんがい)付きのベッドがあり、親御様はそこでソファにもたれ掛かるようにしてキリエの方を見ていた。


「お休みのところを失礼いたします」


 キリエがそう言って正式の礼をすると、


「いえ、もうずっと前に朝ご飯もいただきましたし、こうして考え事をしていただけなので大丈夫です」


 と、天蓋に吊るされた紗幕の向こうから、優しい声がそう返ってきた。


「よろしいでしょうか」

「はい」


 キリエはベッドに近づき、紗幕(しゃまく)を開いて親御様の顔を拝見する。


 美しい方だ。

 年齢は42歳になられる。

 マユリア、先代、当代、そして次代様の母でいらっしゃる。


 初めて宮においでになられた時はまだまだ幼く、託宣があったとはいえ、本当にこの方が誰かの母となられるのかと思ったものだ。本人にも懐妊(かいにん)の自覚もなく、迎えがあって連れてこられたものの、本当は何かの間違いですぐに家に帰れるものだとばかり思っていたと、(のち)にお聞きした。


「産婆からはあと数日のうちにもご出産との連絡がありましたが、体調はいかがでしょう」

「はい、今は落ち着いてます。少し、しるしがあったので診てもらったら、もうすぐだと言われました」

「さようですか、落ち着かれておられるのならよかったです」


 キリエは親御様の顔を見て考える。


 当代に似ていらっしゃる。当代がご成長になられたら、多分、母親とよく似た面差しだと言われるだろう。

 だが、マユリアとも先代、黒のシャンタルとも、正直あまり似ていらっしゃるとは思えない。美しい人ではあるが、それはあくまで人としての美しさでいらっしゃる。そんな印象を受ける。


 では、先のお二人は、一体どなたに似てらっしゃるというのだろう。


(まるで、本当に神がこの世に降りられたようなあのお二人は……)


「あの、何か?」

「あ、いえ」


 キリエは親御様の言葉に現実に引き戻された。


「ご様子を拝見して安心いたしました。何かご要望などございましたら、いつでもおっしゃってください」

「はい、ありがとうございます」


 そう言ってから親御様はクスリと笑った。

 その笑い方はなんとなくマユリアにも似ているような気がする。


「あの、すみません。いつもそうしてキリエ様に気をつかっていただいたなと思うと、なんとなく懐かしくて」


 そうだ。こうしてご出産間近の親御様と同じ話をさせていただくのは、もうこれで4回目だ。


「ええ、確かにそうでございますね」


 キリエも少しだけ頬を緩ませた。


「でも、これできっと最後……」


 おそらくそうだろう。


 もしも、もっと早く、今回の八年よりも早く次代様をご懐妊されたらもう一度がないとは言えないが、おそらく今回が最後のご出産になるだろう。


「思わぬ長いお付き合いになりました」


 キリエがそう言うと、親御様がふうっと目を閉じて少し下を向く。


「本当に、長い年月だったと思います。まさか、こんなことになるなんて」


 13歳のあの日、初めて宮からの迎えが来て以来、28年間、この方はシャンタルの母としてだけ生きてこられたのだとキリエは思った。決してその手に抱くことがなかった3人のシャンタルの母として。


「それで」


 キリエは自分の声が少しかすれていたように思った。


「もう一つ、お伝えしてお尋ねしなければならないことがございます」

「ああ」


 親御様にも分かったようだ。


「前回は報告だけでしたよね。今回はそのようなお話はなかったんですか?」

「いえ、あることはあるのですが、御本人がどうしてもご両親の元へ参りたい、そうおっしゃっています」

「そうなんですね」


 親御様の顔が少し明るくなったようだった。


「それで、お受けいただけるのでしょうか」

「もちろんです」


 親御様は優しい顔でそう言ってから、下を向いて腹部をそうっと撫でた。


「その時を、私達夫婦がどれほど待ち望んでいたことか」

  

 そうであろうとキリエも思った。


「では、そのようにお話を進めさせていただきます」


 だが、侍女頭としては自分の感情は表に出さず、淡々と務めを果たすだけだ。


「次代様がご誕生になると、吉日を選んで交代の日が定められます。交代の翌日、マユリアが真名(まな)をお知りになって人にお戻りになったならば、リュセルスのご自宅へとご案内させていただくことになっております」

「分かりました、よろしくお願いいたします」


 その日のことがこうして定められていく。

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