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 9 真っ直ぐに

 その夜、トーヤはなかなか寝付けなかった。


 波の音だけが聞こえる。

 何度も何度も繰り返す波の音が。

 ざぶ~ん、ざぶん。

 あの日、シャンタルの意識を自分から切り離すためにラーラ様が繰り返し聞いていたあの波の音が。

 いや、あの波ではない。

 波は、永遠に繰り返しながら一つとして同じ波はないのだ。


 揺れるように波の音に身を任せながら、トーヤは寝返りを打ってため息を一つついた。


「珍しいね、眠れないの?」


 いつもは驚くほど寝付きがいいトーヤが眠れていないことにシャンタルが気がつき、声をかけた。


「なんだ、まだ寝てなかったのかよ」

「ううん、一度寝たけどトーヤが動いたので目が覚めた」

「なんだよ、そのぐらいで目が覚めるタマかよ、おまえが」

「そうだね」

 

 トーヤが背中を向けたままそう言い、それを聞いたシャンタルが笑った。


「だけど今は目が覚めたんだ。トーヤに呼ばれたのかも知れないね」

「なんだあ?」


 トーヤがくるっと体の向きを変えてシャンタルに向き直る。


 暗闇の中、灯りのない部屋の中で誰かが座っているらしい影だけがぼんやりと分かるぐらいだ。

 トーヤの目の中にシャンタルのシルエットが切り取られたように浮かんでいる。

 その影を見てホッとしている自分にトーヤは気づいた。


「そうか」

 

 その影を見ながらトーヤは一言そう言った。


 そうなのだろう。シャンタルは自分にとってそういう存在なのだとトーヤは思った。

 自分は意識しないうちにシャンタルを、自分の心の内を分かってくれる仲間を呼んでいたのだろう。


 シャンタルとこの国を脱出して八年の間、ディナが言ったようにぶつかったことが何度もあった。時にはなんでこんな子どもにこんなに必死に言い返してるんだと思ったこともあったが、それでもそんなことを繰り返すうちに、2人の間で自然とここまでは入ってもいい、ここからは触れてはいけないという距離が定まってきた。

 そしてそれは三年前、アランとベルと出会うまでその形で続いていた。そこに新しい2人が入り、また新たな角をぶつけながらも、気がつけば今、4人の間で定まった形という物が出来上がっていた。


 では他の人間との関係はどうなのだろうとトーヤは考えた。

 

 カースの人たちとは特にぶつかることもなく、すんなりと受け入れてもらい、自分も溶け込んだと思う。

 だがそれは、考えてみればシャンタルとアランとベルのように深く関わってはいないからだ。普通の関係で、言ってみれば角をぶつけ合うほどの関係ではなかったからだ。


 だからといって嫌いなわけではない、大事でないわけではない。

 あちらに戻っていた八年間に、何度も村のことを思い出していた、帰りたいと思っていた。

 トーヤはこの村が、この村の人が好きで、そして大事なのだ。


 ではその違いは何だ?

 形を変えるほどぶつかり合う関係とは一体何なのだ?


「家族だからだと思うよ」


 シャンタルの言葉にトーヤがギョッとする。


「何が家族なんだ」


 警戒するようにトーヤがシャンタルに聞く。


「トーヤが私を呼んだ理由だよ。どうして呼んだのか考えてたんじゃないの?」

「ああ」


 なるほど、そうなのかとトーヤもぼんやりと思った。


「家族でだめなら仲間かな」

「家族と仲間ってのはどう違うんだ?」

「さあ?」


 言うだけ言ってクスリと笑うと、


「じゃあ寝るから」


 シャンタルはそう言って横になり、あっという間にすうすうと寝息を立てて寝てしまった。


「なんだよこいつ」


 呆れるやら笑えるやらで、トーヤはやっと寝られるような気がしてきた。


 横になりながらさらに考える。あまり考えすぎるとまた寝られなくなるかも知れないなと思いながら、やっぱり考えずにはいられない。


 カースのダル一家とはかなり親しい関係だ。八年前からまるでこの家の家族のように馴れ馴れしく過ごさせてもらっていた。そして戻ってきたら元通りに受け入れてもらえた。


 ダルとは親友だ。友人と家族、どう違うのか分からないが、何も言わずに分かり合える関係だと思っている。

 リルは異性ではあるが、気がつけばダルと似たような関係になっているような気がする。それにはもちろん、やはり色々とぶつかり合ったことがあるからだろう。

 宮のキリエとルギとも色々あったが、まあそれなりに関係は固定した、そんな気がする。

 

 ではミーヤとはどうなのだ。

 

 ここでトーヤの思考は先に進めなくなるのだ。


 ずっと会いたかった、いや、離れたくなかった。

 そしてやっと会えた。

 会えて幸せだった。


 確かめたことはないが、ミーヤも同じように思っていてくれるのではないかと思う。うぬぼれかも知れないがそうだと思う、そうでありたいと思う。 

  

 だがミーヤには自分の道がある、人生がある。


『私はこの宮の侍女です。私には私の生きる道があるのです。一緒には行きません』


 あの時のミーヤのこの言葉、これが真実だ。

 ミーヤは幼い日に宮に一生を捧げると決めてその道を真っ直ぐに歩いている。

 その生き方を自分の気持ちを押し付けて曲げさせることはできない。


『無理やり道をくっつけたがためにだめになる関係ってのもある』


 ディナのその言葉を思い出し、またトーヤは一つ小さくため息をついた。

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