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黒のシャンタル 第三部 「シャンタリオの動乱」<連載中>  作者: 小椋夏己
第四章 第一節 最後のシャンタル
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15 光の誤ちを知る者

『神の世と人の世は、同じ場所にあって同じ場所にはなかったのです』


「は?」


 光の言葉にトーヤが口癖を言う時のベルのような表情になる。


「わけわかんねえ……」


 本家がそう口にした。


『同じところに存在しながら見える物が違うとでも言えばいいのでしょうか』


「なんか、そういうの聞いたな……」


 トーヤが心当たりがあるようにそう言った。


「草原」


 シャンタルがそう口にして、


「ああ!」


 ベルがぽん! と右手の(こぶし)で左(てのひら)を叩く。


「あれな! おまえがラーラ様やマユリアの中で見てたやつ」

「うん」


『ずっとね、草原がある。そこに私は立っていて、マユリアの草原と、それになんて言うのかな、同じところにあるけどない、重なってるのとも違うかな、同時に存在しているラーラ様の草原にも立っているんだ。そしてそれだけが世界の全てだった。マユリアとラーラ様と私だけが』


 マユリアの心の内が分からないかという話になった時、シャンタルが己を持たず「母」と「姉」の中から外を見ていた時のことをこう言ったのだ。


「なるほど」


 トーヤもしっかりと思い出した。


「ってことは、同じところにいて神様は『箱』持ってるけど人は持ってねえってことになるのか」

「う~ん、どうだろうね。私の場合はそうだったけど、神様と人だともっと箱が大きいような気がするな」

「そうなのか?」


 トーヤが光に聞く。


『そう言ってもいいのかも知れません』


「そうか」


 もうつっこむのはやめてトーヤが素直に納得する。


「じゃああれか、そっちからこっちは全部丸見えだが、こっちからそっちは見えねえって感じか?」


『おそらくそのような感じかと思います』


「へえ」


 なんとなく話がスムーズに進む気がする。


「それを分けたってことか」


『つながりを切ったと言ってもいいかと思います』


「つながりを?」


『そうです』


 光が震えるように瞬いた。


『そのままの形では神の世と人の世が互いに与える影響が大きかったのです。神の世で争いがあれば人の世が乱れ、人の世で争いがあれば神の世が乱れる』


「そんだけ関係が深かったってんだな」


『人は神の姿を模して生まれてきました。神と人はごく近くで存在していたのです』


「それが、まあ縁切りしたってことだな」


 光が答えずに悲しそうに震えた。


『神は神の世から人を見守ろう、そう決めて神々は人とのつながりを切りました。ですが、わたくしはその後の人のことが不憫(ふびん)で、どうしてもそうはできず、人の世に暮らすと決めたのです』


「さすが慈悲の女神様だ」


 トーヤの口調は皮肉めいていた。


「そんで、そのために十年に一度生贄(いけにえ)を差し出せ、自分がここにいるために。そう決めたってことだな」


 辛辣(しんらつ)な言い方に光が沈黙する。


「で? 言いたいことはあるがとりあえず話をきかせてもらうことになる。続けてくれ」


 光が苦痛を感じているように弱々しく瞬いた。


『わたくしは神の世を人の世と切り離すのではなく、神域を閉ざして二つの世を一つの世とすることで神域内を守ろうと思ったのです。この神域は人の世であり神の世、そうすることで慈悲に満ちた平和な世が続く、そう信じて』


 おそらくそれは真実なのだろう。それはこの場にいる者が皆感じていた。


 この不思議な空間。現実の世とは違うということでこの場に来ることに恐れを感じることはあっても、この空間自体には悪意を感じない。むしろ心に染み入るほどの包まれるような暖かさ、穏やかさ、安心感が満ちた空間だと分かる。

 それはこれまでの経過で少なからぬ反感を持つトーヤですら、素直に光の本当の心として受け止めるしか仕方がないほど、深い愛情を感じさせられた。


『元が同じ場に存在していた神の世と人の世、そうすることで今までの状態を保てるだろう、この世の果てまで安寧(あんねい)な世界をとの祈りからそうしたのです。ですが』


 また光が悲しげに瞬く。


『そうはならなかった……わずか十年ほどの年月(としつき)でわたくしは穢れに侵食されていることを感じました。閉じた神域でなぜそのようなことがと戸惑いました』


「つまり、あんたは人の世で過ごすことで具合が悪くなった、そういうことだよな」


『そのように理解してもらうしかないのでしょうね』


「だったらなんで神様の世ってのに帰らなかったんだ? 俺だったらこりゃ無理だなと思ったらとっととけつまくって穢れってのがあるこの世からおさらばするけどな」


 光がまた悲しげに瞬く。


『わたくしを慕い、この世に共にありたいと願ってくれる、わが子とも思う人たちを残し、どうしてそんなことができましょう』


 そうなのだろう。


 皆が素直にそれを認めるしかなかった。


 この光は、この神は、ただ人のことだけを考え、そして人がどうすれば幸せに暮らしていけるのかだけを考えてこの世に残ってくれたのだ、と。


「あんたの気持ちはよく分かった。そんだけ人ってもんを大事にしてくれてのことだってのはな。けど、そんで考えついたことはいかにも神様の考え方だ、失敗を失敗と認めて撤退してくれてりゃ、今の事態はなかったかもな」

 

 いかに神が人を慈しみ、そのためにと道を選んでくれたのだと認めたとしても、トーヤにはやはり代々のシャンタルのその後を思うとそんな言葉しか出てこなかった。

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