9 二つの棺の託宣
キリエは次代様を産婆と侍女に任せて奥宮へと急いだ。
ご誕生になられたらシャンタルとマユリアにまず報告をし、その次に神殿から民に次代様ご誕生の触れの鐘を鳴らすのが習わしだ。王宮はその鐘を聞いて次代様のご誕生を知り、次は王室からお祝いの使者がやってくる。王都の封鎖が解かれ、神殿によって選ばれた佳き日に正式に新しい神をお迎えするのだ。
そう、常ならば。
だが今回は思わぬことが起こった。
キリエは見た目だけはいつもと変わらぬ平静を装いながらも、胸は激しく鼓動を打ち、頭の中では言葉にならない言葉が渦を巻いているようだった。
次代様がご誕生になられたことをマユリアとシャンタルにご報告申し上げねばならない。それが侍女頭としてやるべきことである。そうは理解しているのだが、あまりにあまりな出来事に、本当に報告してもいいのか、しなくてはいけないのかと考えてしまう。
いや、侍女頭として報告をしないという選択肢はない。ただ、そのことをまだ幼いシャンタルにもお伝えせねばならないのだろうか。
考えをまとめ切れない間にキリエは奥宮へと到着してしまった。
「失礼いたします」
シャンタルの私室でお二人がお待ちだ。報告はしなければならない。
キリエはシャンタルの応接に入り足を進めた。
目の前のソファにシャンタルが、そしてそのお隣の椅子にはマユリアが座って待っていらっしゃる。
「次代様、無事にご誕生になられました」
キリエがそう言って正式の礼をする。
「よかったですね」
マユリアがお優しい瞳でシャンタルに微笑みかけた。
「ええ、本当に」
シャンタルが奇跡のようにお美しい顔に笑顔を浮かべる。
「それで、いつ頃お会いできそうでしょう」
「はい」
キリエは返答に少し詰まる。
そのままご対面させるわけにはいかないだろう。きちんとお伝えしなければ。
だが、どこまで話せばよいものか。
「どうしました?」
マユリアが少し様子が違うキリエに心配そうに声をかける。
「もしかして、お具合が良くないのですか?」
「いえ、そのようなことは。とてもお元気でいらっしゃいます」
では何が問題だというのだろうか。
「お元気ではいらっしゃいます、ご安心ください」
「分かりました。では、何が問題だと言うのです」
「はい」
キリエは深く下げていた頭を上げると、覚悟を決めた。
「ご誕生になられた次代様はご容姿が常のシャンタルとは少しばかり違う方でいらっしゃいます」
「ご容姿が?」
「はい」
「何がどう違うと言うのです」
当代マユリア。まるで母のようにお優しいその方が心配に柔らかい表情を硬くする。
「はい。まずはお肌のお色が褐色でいらっしゃいます」
「お肌が褐色?」
「はい。それと、御髪の色も薄くていらっしゃるようにお見受けいたしました」
「薄い色の御髪?」
「はい。もっとも生まれたばかりの赤子の髪や瞳の色は変わることがあるとも産婆が申しておりましたので、そちらはこれからご様子を見ていかねばどうなるかは分かりませんが」
「そうなのですか。それでは瞳の色も?」
「はい。やや薄いようにお見受けいたしました」
「それは白子という方ではないのですか?」
「白子」とは体の色素を持たずに生まれてくる人のことだ。このシャンタリオでもごくたまにではあるが生まれることがあると聞く。代々のシャンタルでそのような方がいらっしゃったという記録はないようだが、ないことはあるまいとマユリアは思っていらっしゃるようであった。
「その場合はお肌の色も透き通るように白いとのことです。ですが、次代様のお肌は」
「褐色と申していましたね」
「はい」
では白子ではないのだろう。どういうことなのか。
「それと」
キリエは思い切ってもう1つの違いもお伝えすることにした。隠してもどうにもならない。
「実は……」
そう言いかけた時、目の前のもうお一方の主が、
「託宣がありました」
そうおっしゃった。
「では、私は一度下がらせていただきます」
キリエがそう言って下がろうとすると、
「いえ、キリエも一緒に聞いてください」
そう留められた。
謁見などで求める者に与える以外の託宣を伺っていいのはマユリアだけと決まっている。だがその主御本人が求められるのならば、それはそれでその必要があってのことだ。キリエは一礼してその場に留まる。
「子ども用の棺を2つ作ってください。1つは白で表面に青い小鳥の意匠を施すこと。それは青い少女のもの。もう1つは黒で表面に銀の小鳥の意匠を施すこと。それは黒のシャンタルのもの。時が満ちるまで2つの棺はひっそりと眠ること。誰にも知られぬようにすること」
内容に驚きはしたものの託宣はそのまま受け入れるもの、キリエは丁寧に頭を下げ、
「御意」
と一言だけ答える。
だが託宣を告げる主のその隣では、マユリアが真っ青になって震え、
「黒の、シャンタル……では、では、次代様が……まさか、そんな」
そう言うと、椅子の肘掛けを血管が白く浮き出るほどに強く、強く握りしめていた。
「マユリア!」
そのただ事でない様子に思わずキリエが駆け寄る。
「キリエ……次代様に、できるだけ早く会わせてください、早く……」
侍女頭の顔も見ずにマユリアがそうとだけ言って震え続けている。




