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18 目撃者

「よろしいでしょう。これから先の動きを見れば、あなたもきっとセルマを侍女頭に、そう思うようになるはずです」

「あなたのおっしゃるようなことがあるのならば、それはそれでうれしいことです。セルマが次の侍女頭に真にふさわしいと思えたならば、その時はきっと指名いたしましょう」

「そのお言葉、お忘れなさいませんように」

「いいでしょう」


 キリエの返答に神官長は満足したように薄く微笑んだ。


「そうそう、もう一つ言っておいた方がいいでしょうね。八年前、私はあることを見たのですよ」


 八年前の出来事。その単語だけでキリエの心に切りつけるには十分だろう、神官長はそう確信しているようだ。


「先代の死、その出来事に関係のあることです」


 この老神官は一体何を言おうとするのか。キリエは心の中で身構えるが、その動きを表には一切出さない。


「あの日、託宣の通りに聖なる湖に黒い(ひつぎ)を沈めました。覚えていらっしゃいますよね?」

「もちろんです」

「あなたは冬のあの寒さの中、じっと湖に立ち尽くして棺が沈むまで見守っていらっしゃいました。それは見ているだけでこちらまで身を切られるような思いでした」


 一体この老神官は何を見たと言うのだろう。


「やがて棺が沈み、あなたが岸へ戻られて、我々はみな湖を後にしました。静かに、何も語らずに。それはそれはさびしい帰り道でした」


 そう、それですべて終わったはず。


「その後のことです。私はある物がないことに気がつきました。なに、大したものではありません。ですが、私にとってはとても大事な物です。そこで神官たちを先に神殿に帰し、一人でそれを取りに戻ることにしたのです」


 神官長は表情を変えぬキリエにゆっくりと語り続けながら、


「この経典をいつも持ち歩いております」


 と、懐から薄い経典を取り出した。


「経典にも色々とあります。一番大きな分厚い、全てのことを書き付けてある本経典以外に何種類かの持ち歩ける経典がございます」

「存じております」

「侍女ならばご存知でしょうな。経典もお持ちでしょうし」

「ええ」

「お役目が違いますから侍女の(かた)は常に持ち歩くということはなさっておられないでしょうが、神官ならば誰でも常に経典を身に付けております。まあ、役目によって汚れ仕事などの時はさすがに一時(いっとき)持たぬこともありますが、ほぼそのようにして懐に経典を持っておるはずです」


 神官長はそう言ってその携帯用の薄手(うすで)の経典をパラパラとめくる。


「これです」


 そう言って取り出したのは、鳥の羽根であった。角度によってキラキラと一部が虹色に光る美しい羽根だ。


「何に見えますかな」

「鳥の羽根でしょうね」

「さようです」


 神官長は羽根の軸の部分を持って軽くクルクルと回した。


「美しいでしょう。聞くところによりますと、これは中の国あたりの鳥の羽根なのだそうです」

「そうですか」

「まだ私が若かった頃、ある貴族の方のお世話をした時に、その礼にといただいたものです」


 神官長がクルクルと回る鳥の羽根を見ながら夢見るように続ける。


「神官というものはほとんど私物というものがございません。それでも、こうして個人的にいただいた物などは自分の持ち物になることがございます」

「ええ、侍女も同じです」

「さようですな」


 神官長は回る鳥の羽根から視線を移さずそう答えてまた続ける。


「私はこの羽根を経典にはさんでいつも身につけております。まだ若かったその頃、このように美しい物をいただけたことが、もううれしくてうれしくて、誇らしくて誇らしくて、一生の宝となったのです」


 そう言い終えると言葉通り、大事そうに経典にはさみ、また懐にしまった。


「その大事な羽根をなんということか、落としたのです」

「そうなのですか、それは大変なことを」

「ええ、それに気がついたのは解散をした後です。神殿に向かって歩き始めた時に、なんとなく経典を取り出し、羽根がないのに気がつきました。それで、神官たちに用を思い出したので先に帰っておくように言い、一人で聖なる湖に戻ったのです。経典を取り出したのはあの湖の(ほとり)、亡くなったシャンタルに祈りを捧げた時だけです。その後、あなたがもどってくるのを待つ間、寒さで震える手で経典を開いておりましたので、その時に落としたのだろうと推測できました」

「そうですか」

「ええ、そして戻ってみると、思った通りに敷物を敷いていたすぐそばに落ちていたのを見つけました。よく衛士たちに踏まれなかったものだとホッとして経典にはさみ直し、さて戻ろうと思った時、見てしまったのですよ」


 神官長がうれしそうとも思える表情でキリエを見る。


「先ほど沈めたはずの黒い棺、あの棺が湖の上に浮いているのを」


 キリエは反応しない。


「驚いて植え込みの影に隠れながらもう少し近づいてみることにしました。ゆっくりと湖の縁を周り、宮とは反対の方角へ少しばかり移動しました。するとルギ隊長とあの託宣の客人、トーヤと申す傭兵が湖のそばに立っていました。一体何をしているのかと驚きと恐れのあまり動けずじっとしていましたが、棺がまた沈んでしまうのを見届けると、2人もどこかに消えてしまいました」


 神官長はそこまで続けるとにこやかに言葉を切った。

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