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20 昨日の今日

「ではお父上はお部屋に入られたのですね」

「はい」

「ご不自由のないようによく気をつけてさしあげてください」

「はい」

「後ほど私もご挨拶に伺います」

「はい」


 キリエは部屋に報告にきた侍女をそう言って下がらせた。


 この侍女は昨日までセルマのすぐ下で働いていた。

 個人的に特にキリエに敵対心や嫌悪感などを持ってはいなかったが、やはり気分的に自分は取次役の側にいるという意識があったためか、やや青ざめた顔で態度も固い。


 キリエもそのことには気がついてはいた。

 だが、セルマが懲罰房に入れられていることが宮に知れ渡った今、自分の前でよりいっそうおどおどとする侍女たちに対して、特に何かを言うつもりもなければ、何かをするつもりもない。

 キリエのそんな気持ちを知ってか知らずか、自分たちの今後のことを恐れる侍女たちがいることには知らぬ振りをするしかない。そのことにあえて触れないこと、それしかできることもなかった。


「下がりなさい」

「はい、失礼いたします」


 侍女は気をつけて気をつけて、一分のミスもないように気を配りながら正式の礼をし、侍女頭の部屋から下がっていった。




 前日、謁見の間では色々なことが話題に出て色々なことがあった。

 その過程でセルマはしばらくの間懲罰房に入れられることになり、衛士たちと懲罰房に向かうセルマの姿に宮の中はざわめき、波が広がるようにやがて怖い沈黙に支配された。


 鋼鉄の侍女頭はもうすぐ北の離宮に入り、その時には取次役が新しい侍女頭になるだろう。正式の触れがあったわけではないが、大部分の者がそう思っていた。

 そのことを歓迎しない者も多かったが、その時のためにセルマの顔色を伺うことに気持ちを傾けていた者たちは呆然とした。


 ――自分たちの態度を快く思わぬ侍女頭からなんらかの咎めがあるのではないか――


 その者たちは今は自分の勤めを静かに努めながら、見えない明日に恐れおののいているようだ。


 キリエはそのことに気がついていながらあえて何も言わない、何もしない。

 すべては運命のままに流れること、そう思って静かに、変わらずいつものように時を過ごすだけである。



 報告に来た侍女が部屋から出てしばらくの後、キリエも執務室から出て客殿へと向かう。


 昨日から今日、色んなことがあり過ぎた。

 疲れた体をすぐにも横たえたいような状態だが、まだやるべきことがある。


 そんな気持ちをおくびにも出さず、キリエは背筋を伸ばして客殿のお父上を訪れた。


「侍女頭のキリエです、このたびはまことにおめでとうございます」


 すっぽりとマントをかぶり、髪の毛一筋も見えない状態の次代様の父親、お父上にキリエはそう言って正式の礼をする。


「しばらくお世話になります」


 「お父上」の声を聞いても表情一つ崩さず、下げていた頭をゆっくりと上げ、ついていた膝を伸ばし、天から引っ張り上げられるようにまっすぐに立ち上がる。


「なんということでしょう」


 キリエが感情を感じさせない言葉で続ける。


「あれだけ大騒ぎして出て行ってもう戻ったのですか」

「まあそう言うなって」


 トーヤが愉快そうにマントを脱ぎ、


「お久しぶり」


 そう言って笑った。


「昨日の今日で何が久しぶりでしょうね」

「あれっ」


 トーヤが珍しそうに続ける。


「珍しいな、あんたがご機嫌斜めなんてな」

「私だとて人間です、そういう日もあります」

「そうか? いつでも何があろうと動じないってみんな思ってると思うぜ」

「思うのは勝手ですから。それで、中の国の貴婦人の護衛の次はお父上の振りですか」

「まあな」

「では今は、次代様のお宅にお世話になっているということですね」

「いや、違う」


 トーヤはきっぱりと否定した。


「違うと言っとく。そうでないとお互いのためにならんだろう。で、今はどういう状況になってんだ? 

エリス様のところにも調べが来たが、セルマや神官長はどうなってる」

「昨日、遅くまで色々と調べがありました」


 何もなかったかのようにキリエも話を続ける。


「ルギはセルマと神官長を私を害しようとした罪で逮捕したかったようですが、神官長はどうすることもできませんでした」

「へえ、あのヤギみたいなおっさんがうまいこと切り抜けたか、結構しぶといな。で、セルマは?」

「懲罰房です」

「懲罰房?」

「ほとんど使われることはありませんが、長い宮の歴史の中では、そういうことが必要な場合もあったということです」

「そりゃま、そうか。みんながみんな真面目ないい子だけってわけじゃないわな、何千人もここに入ってきた人間はいるだろうし」


 そう言いながらトーヤは少し心が軽くなっていた。


「神官長はこれからなんとか考えるとして、とにかくセルマに詮議がいって容疑者になったってことだな」

「まあ、それに近い状態と言っていいでしょうね」

「ちょっと気が楽になったな。あんたが権力を取り戻せそうで」

「そんな気楽なことを言っている場合ではないですけどね」

「なんだ、何があった?」


 見た目はいつもと変わらぬキリエの、それでも少しばかり何かの感情が混じったような口調、トーヤはなんとなく嫌な予感がした。


「懲罰房に入れられたのはセルマだけではありません、ミーヤも入れられることになりました」

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