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17 幸せ

「そんで、忍び込むってどうやって忍び込む気なんだよ?」


 夕食後、ゆっくりとお茶を飲みながらベルがトーヤにそう尋ねた。


 あの日、トーヤがアランとベルに、


『俺とシャンタルはここから東へ行くことにした。だからおまえらと一緒に西へは行けない。すまんが行くなら2人で行ってくれ』


 そう言って兄と妹が驚き、憤慨し、一晩をかけて話を聞いた時、そんな中でベルが、


『おれさ、こういう時間好き』


 そう言ったあの時と同じように、空気が張り詰めながら、それでも温かいお茶で体も温まり、なんとかくほっと一息つくような、そんな時間が流れていた。


 食事の食器を片付けた後、取手のついた木のカップと、軽く焼いた一口でつまめるような焼き菓子、それから夕飯の残りの干した果実と木の実もあった。


『なんかさ、いいよなこういうの。おれ、こういうのがずっと続けばいいと思ってる』


 あの時そう言ったように、今日もやはりベルはそう思いながら、温かい木のカップをクルクルと回す。


 それでもやはり、厳しい話をしなくてはいけない。


「ん~」


 トーヤはお茶を飲みながら、緊張感がないようにしか見えない風にそう言う。


「もう! もっと緊張感持ってくれよな! どうすんだよ!」


 ダン! と音を立ててカップをテーブルの上に置く。


「う~ん、今度は覆面かな」

「は?」

「前はほれ、あのかっこいい仮面の戦士な」

「包帯男だったくせ、いで!」

「ほら、また話の腰折るなおまえは」


 トーヤにベルがつっこみアランに怒られる、何があってもやらねばならない儀式のようで、シャンタルがまたコロコロと笑ってラデルに言う。


「ほら、これもいつものことなんです」

「って、おまえもな、いらんこと言わずにこいつら止めろって」

「はい!」


 神様も隊長に怒られて背筋を伸ばす。

 それを見てラデルがまた楽しそうに笑った。


「いやいや、失礼。しかし、ずっとこんな感じだったんですか?」

「ええ、そうでした」

「お幸せですね」

「え?」


 幸せと言われ、シャンタルが驚く。


「幸せ……」

「シャンタル……」


 この家に来てからのシャンタルは、これまでベルが見てきたのとは少し違う、そのことをベルは不安気な目で見る。


「考えたことなかったろ、そんなこと」

「トーヤ……」

「俺もな、この間ミーヤに聞かれてな、そんなこと考えたことなかったことに気がついた」

「幸せってなんだろうね」

「さあなあ」


 トーヤがカップを持ち上げ、お茶を一口飲んでから言う。


「どういうもんが幸せかってのはよく分からんが、おまえらといる時間は楽しかった。俺は家族ってのがなかったからよく分からんが、そういうのは結構幸せなのかも知れんな」

「そうなのかな」

「分かんねえんだから、まあそんでいいだろう」


 そう言っていつものように軽く笑う。


「だそうですよ」


 シャンタルがラデルに言う。


「だったらきっと、私は幸せなんだと思います」

「そうですか」


 ラデルがやさしい目でシャンタルを見る。


「ならばよかったです」

「はい」

「あの!」


 ゆるやかに話す二人にアラン隊長がいつもより弱く、少し気の毒そうに声をかける。


「あの、そういうの後でいいすか? 今はトーヤがどうやって宮に忍び込むか、そこんところ聞いて話を進めたいもんで」

「ああ、すみません」


 ラデルがアランにも優しく笑ってそう答える。


「娘もいいけど息子もいいもんですね」

 

 そう言った声が少しだけ悲しげで、アランはいつものようには続けられなかった。


「ま、アランの言う通りだ、話を続けるか~」


 トーヤがそう言って、今までの空気を払拭するように、さっさと事務的にどうやって宮へ入るかの説明をした。


「えー!」


 やはり声を上げて驚くのはベルだ。


「それって、それって、それってー」

「るせえな」

「だって、だってさ、兄貴!」

「黙って続き聞けっての」


 そう言いながらアランもかなり難しい顔になる。


「だからな、今回は俺一人しか行けねえからおまえらはここで待機な」

「でも、でもさ、大丈夫なの?」

「だーいじょうぶだっての、トーヤ様を信じなさい」

「いや、トーヤだからこそしんようできね、んぐあ!」


 今回はトーヤがベルの鼻をつまんで引っ張り上げた。


「いてえ! 鼻もげるだろうが!」

「低い鼻がちっとは高くなっただろうが」


 鼻をさするベルを見ながらトーヤがそう言ってからかう。


「とにかくな、宮の中と連絡取れねえことにはなんもできねえからな、だからこうしてラデルさんの世話になってんだ。よろしくお願いします」


 最後はトーヤが丁寧にラデルに頭を下げた。


「いえ。それで、明日でいいんですね? 何か用意とかが必要なら、もう少し後でも構いませんよ」

「いや、封鎖になったこのタイミングだからこそ潜り込みやすいと思います」

「では明日連絡してみます」

「はい、お願いします」


 今だからこそできること。

 次代様の家だからこそできること。

 そして当代の親だからこそ知っていること。

 トーヤはそれを利用して宮へと戻る。


「ラデルさんがいなかったらできなかったことだ、宮もまさかそんな手でくるとは思わんだろうよ」


 トーヤがみんなを、そして自分を安心させるようにそう言った。

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