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 3 決定事項

「あなたの、私を思ってくださるお気持ちはよく分かりました。明日にでも侍医に会って参ります」

「そうなさってください」

「ですが」


 ホッとしたような顔のルギに神官長が続ける。


「美しい夢はいいでしょう?」


 それだけ言って神官長は椅子から立ち上がると、もう何も言うことのないルギに丁寧に会釈をし、ゆっくりと警護隊隊長執務室から出ていった。


 ルギは一人残った執務室の中、言いようのない疲れを感じて座り続けていた。




 翌日、朝からルギはキリエの執務室にいた。


「交代までに何かの形をつけておかなくてはいけません」


 マユリアからキリエに(めい)が下り、侍女頭と警護隊隊長で現在の状況を()り合わせることになったのだ。


「原因は私の体調不良です」


 キリエの最初の不調はあくまで病からのことで、何者かの手によることではない、そういうことにするということだ。


「高血圧によるめまい、それに過労が加わったことから床上げまで時間がかかりました」

「分かりました」

「エリス様からのお見舞いの品は、単なる見舞いの品に過ぎません」

「分かりました」

「最初に差し入れられたあのピンクの花は、植物園からフウが持ってきてくれたものでした。香りも少なく、目に柔らかということが理由です。香りがしたのは部屋を暖めるための火桶にほんの少し、あのピンクの花の精油(せいゆ)を垂らしていたからだそうです。香りの弱い花であっても、精油を火に()べるとそれなりに強い香りになるものなのですね」

「分かりました」


 キリエの口から次々に「決定事項」が伝えられる。


「エリス様ご一行は今も宮の一室で滞在をなさっておられます。そのうち、ご主人から連絡があり、そちらに合流されるでしょう。それまでは静かにお過ごしいただけるように気を配っておいてください」

「分かりました」

「衛士と憲兵には、ご一行の捜索は打ち切るようにと連絡を。あれは、襲撃者から目を反らすための狂言です。奇妙な投書(なげぶみ)をして宮に入り込もうとする怪しい動きがあったため、そういうことにしました」

「はい」

「それから月虹兵のトーヤですが、エリス様のご事情から自分の身分を隠していました。尊いお方の身の上を預かってアルディナからこちらへお連れしたのですが、トーヤの存在を知られると、エリス様の身分が知られる可能性があったからです。そのためにあえてルークと名乗っていました」

「はい」

「エリス様の身の上が落ち着かれたら、あらためて月虹兵として宮へ帰還し、その時の状況を説明させることになるでしょう」

「分かりました」


 シャンタル宮において、侍女頭の力というものはこれほどまにで強い。黒が白にも赤にも無色にもなる。それだけにその力を無闇矢鱈(むやみやたら)と使うことのない、天に、神に誠実であり、私情で物事を判断せぬ者が選ばれる必要がある。

 キリエは侍女頭の地位に就いてから今日(こんにち)まで、文字通り、宮の為だけこの力を振るってきた。

 「取次役」という役職が設けられてから(のち)、静かに静かに、その力をないもののように振る舞っていたのは、あくまで「次の交代」をうまくいかせるため、先代と「助け手」の帰還を待つためだ。

 自分の持つ権力の大きさを知っているからこそ、キリエは何があろうとも、じっと我慢をして自分を押さえ続けていたのだ。


「アランとディレン船長には、エリス様ご一行が宮からいなくなったように見せるために不自由をかけましたが、今日から元のお部屋へ戻ってもらって結構です。同じく、他の部屋に留め置かれていたアルロス号船員のハリオ殿、事情を説明してしばらく同じ部屋へ滞在いただくように」

「はい」

「ミーヤは八年前に助け手(たすけで)トーヤの世話役を務めました。そのことからトーヤに力を貸していましたが、事実を明らかにできた今、もう留め置く必要はありません。すぐに元の業務に戻します」

「はい」

「取次役のセルマは――」


 ここでキリエは初めて少し言いよどむ。


 さすがにあの香炉のことだけはどうにもなかったことにはできない。神官長が背後にいることが分かっている、セルマに元の通りの力を持たせるわけにもいかない。何かの処罰が必要になる。


「そういえば」


 キリエがふと話題を変えた。


「神官長の訪問があったようですね」

「はい……」


 ルギが表面上は普通に答える。


「無理を言っていたのではありませんか?」


 キリエはさすがに神官長がルギに「美しい夢」の話をしているなど想像もできない。


「はい」

「その報告は上がってきていませんが」

「はい」


 ルギは、キリエに何かを見透かされたような気がした。


「何を言ってきました」

「はい」


 何をどう報告すればいい。

 

 事実を全て話してしまえばいい。

 そうは思うのだが、今日、神官長は侍医に会いに行くと言っていた。


(あれは全て病ゆえの戯言だ)

 

 ならば少し待ってやってもいいのではないか、そう考えた。


「どうしました?」


 キリエが不思議そうにルギを見る。


「いえ、少し申し上げにくいことであったもので」

「言いにくいことですか」

「はい」


 ルギは少しだけ間を置くと思い切って口にする。


「キリエ様を勇退させ、セルマ様を侍女頭につけよ。セルマ様は冤罪であったことにしろと」


 確かにそれも嘘ではない。

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