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黒のシャンタル 第三部 「シャンタリオの動乱」<連載中>  作者: 小椋夏己
第三章 第一節 カースより始まる
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19 二度目の訪問

「隊長、ご面会です」


 当番の衛士が執務室に一人残っているルギに、申し訳無さそうに声をかけた。


「もう時間も時間ですしとお断りはしたのですが、どうしてもとおっしゃって」


 前回、ある人の夜間の訪問を受けた時とは違う人間だが、同じ時期に入隊したまだ若い衛士が、その時の隊員と同じように困った顔で支持を仰ぐ。


「どなただ」


 若い衛士が告げた名に、やはりと思う。


「分かった、入ってもらってくれ」

「はい」


 若い衛士は訪問客を案内し、お茶を出すために一度部屋から出ていった。


「夜分に大変申し訳ありません」


 その人物、神官長は薄く笑いながらゆるやかに頭を下げ、ルギが示す椅子に腰をかけた。


 しばらく待ち、当番の衛士がお茶とお菓子を置いて下がると、神官長がにこやかにルギに声をかける。


「この間の夢の話、お考えいただけましたか?」

戯言ざれごと(うかが)ったことは今思い出しました」


 ルギの答えを聞いて神官長が静かに、だが、楽しそうに声を抑えて笑った。


「それで、今日は一体どのようなご用向きでしょう」


 ルギが表面だけは穏やかに聞く。


「ですから、この間の続きですよ。真に女神の国たる――」

「失礼ながら」


 ルギが神官長の言葉を(さえぎ)る。


「先日はご自分で戯言と(おっしゃ)っていたので私の胸一つに収めました。ですが、あまりにしつこくそのような言動を繰り返されるのならば、黙っておくわけにはいかなくなります」

「ほほう」


 神官長は驚いたように目を丸くするが、口元は笑みを浮かべている。

 驚いてはいないのだ。これぐらいの反応は想定内ということなのか。


「黙っておくわけにはいかない。それは、つまり、どういうことでございましょうか?」


 ルギはほんの短い間、神官長の表情を少し見下ろすようにしてからゆっくりと答えた。


「上に報告することになるでしょう」

「上に、ですか。それで、そうなると、私はどうなりましょう?」


 神官長は興味深そうな目でルギをじっと見つめて聞くと、口を閉じて次の言葉を待っている


 「最悪の場合」


 ルギは神官長の視線から目を放さずに続ける。


「王家に対する反逆罪ということにもなりかねないかと」

「ほほう、それはなんとも、恐ろしいことになるものです」


 神官長のその口調、まるで子どもに驚かされた大人のような態度に思わずルギも(いら)つく。


「お分かりなら早々(そうそう)にお引取りください」

「いやいや、それがそうは参りません」

「なんですと?」

「今少しばかり、ルギ隊長、あなたにお話ししなければならないことがございますゆえ」

「私にはお伺いする話はございません、お帰り下さい」


 ルギはきっぱりと拒絶するが、神官長は動こうとしない。


「お聞きになれませんでしたか? お帰り下さい」

「では、お尋ねしたいことならいかがでしょう? お答えいただけますかな?」


 ルギは少し考えたが、答えずに返せばこの先も何度も訪ねてこられるだろう、そんな気がした。


「いかがでしょう?」

「お答えしたら帰っていただけますね」

「もちろんです」

「では伺いましょう」

「ありがとうございます」


 神官長は座ったまま深々と腰を(かが)めて頭を下げた。

 まだ若い頃からずっとそうして下げ続け、体がすっかりその動きに慣れている。そんな風に見えた。


「それで、尋ねたいこととはなんでしょうか」

「はい。先ほど隊長は先日の話を胸一つに収めたとおっしゃいましたが、それはなぜでしょう」

「え?」

「どうやら私の申しました戯言は、下手をすると王家に対する反逆罪にも値するということですが、それほど危険なことをなぜ上に報告せず、その胸一つに収められました?」

「それは――」

  

 ルギは思わぬ質問に一瞬言葉を失ったが、


「それは、仮にも神官長という立場のお方が、たった一言の戯言でその地位を追われるのはあまりのこと、そう考えたからです」


 やっとのようにそう答えた。


「そうですかな?」

「ええ」

「違いましょう」

「何がでしょうか」

「違いますな、それは」


 神官長はルギの返事を待たず、小さくクツクツと笑う。


「何かそのように笑われるようなことを申したでしょうか?」

「いえいえ、あなたという方が思った以上に正直な方であったもので」


 ルギは心の内を顔には出さぬように、無表情で沈黙する。


「これまでのあなたなら、きっとキリエ殿に報告をなさったはず」

「それはどうでしょうか」


 ルギは極めて冷静に、事務的な口調で答える。


「何もかもをキリエ様に報告するわけではありません。宮の内には用向きが多い。その中で判断して必要と思われたことを上に上げている。上げる先が衛士長であるか、侍女頭であるかは関係なく、それが衛士の役目であり、警護隊隊長としての役目です」


 ルギが淡々と言うのを神官長は黙って聞いていたが、聞き終わるとゆるやかに両の口角(こうかう)を上げてうっすらと歯を見せた。


「つまり、あれですか、あの戯言は上に、衛士長にも侍女頭にも上げる価値はない、そう判断なさったということですな」

「そういうことになりますな」

「あの、下手をすれば反逆罪になりかねない戯言は、上げる価値がない、そう判断をなさったと」

 

 神官長は笑いをかみ殺すように小さな音を立てて笑うと、


「いいえ、違いますな、あなたにもよく分かっていらっしゃるはずだ」


 そう言い切った。

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