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黒のシャンタル 第三部 「シャンタリオの動乱」<連載中>  作者: 小椋夏己
第三章 第一節 カースより始まる
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 2 時の人

 確かにダルはシャンタルやマユリアと面識がある。いや、あるなんてものではない。そもそも八年前のあの出来事で、常の人ではありえないほどの関わりができてしまっている。その結果が月虹隊なのだから。


 八年前、交代の日に張り出された「月虹隊結成」の告知に集まった民たちはざわめきにざわめいた。


「どういうことだよ、宮と民を結ぶ兵って」

「ダルって俺の知ってるダルならカースの漁師だよ。カースの村長の孫でいいやつだけど、とっても兵って感じじゃないけどなあ」

「ああ、俺も聞いた。なんかカースに流れてきた託宣の客人? その世話係になったって話だったぜ」

「俺も聞いた聞いた。なんでもマユリアから馬を下賜されたって」

「ええ、なんだよそれ! すげえ話じゃねえか!」

「じゃあさ、俺らもがんばればマユリアやシャンタルにお目にかかったり、何かをご下賜いただけたりするってことか?」

「かもな」

「また月虹兵を募集するってのも書いてあるぞ!」

「俺、応募するぞ!」

「俺も!」


 と、ダルは当時、ちょっとした時の人になったのだ。

 

 それでも、そういう雑念、下心満載の人間をふるいにかけ、なんとか10名の月虹兵を選び、地味だが地についた活動をしていく中で、そういう声は小さくなっていき、今ではリュセルスの街でごくごく日常的に任務を行っている。隊員数も30名を超えた。


 月虹隊の主な仕事は宮からの伝達を伝えること、そして隊に集まってきた民の声を宮へ伝えることである。それ以外には衛士や憲兵の手助け、簡単に言えば便利屋のような兵であるが、元々が民が兼任で兵を務めているということで、家族、親族、友人など、知己の手助けも多く、親しみを持って受け入れられていった。


 なので、今ではダルにそういう特別な目を向ける者も少なくなったとはいうものの、それでも何かあるとマユリアやシャンタルと特別に親しいのでは、とこういうことを言われることもまだまだあるのだ。


「うん、まあお会いしたことはあるにはあるよ。でもね、だからってそういう声を直接お届けできるような、そういうのではないからね」

「そうなんですか」


 若い月虹兵は少し疑うような、そして少しがっかりしたような視線をダルに向ける。


 この兵を含め5名を少し前に予備兵として入隊させた。

 何しろ兼任の兵である。この八年の間に色々と事情が変わり、任期の「月に一旬」をまとめて取りにくくなってきた者も出てきた。

 それで補助的に、そして見習いという意味で若い5名を入隊させたのだ。この声をかけてきた若い兵は、両親が少し大きな衣料品店をやっていて、その跡継ぎとしての修行をしながら月虹兵としても働いている。

 読み書きも計算も得意、育ちもよくてゆとりを持って兼任してもらえるだろうと選んだのだが、その分、宮と近くなれるという期待が大きかったらしく、任命式は月虹隊本部で任命書と腕章を渡されるだけと知り、ひどくがっかりしていたのを思い出す。


「てっきり宮でマユリアから任命していただけると思っていた」


 らしい。


 シャンタル宮の「前の宮」では衛士の控室と並んで月虹兵の控室もあるが、個室を持っているのは「託宣の客人であり名誉副隊長?」のトーヤと隊長のダルだけだ。副隊長のマルトとナルも他の兵との並びの二人部屋を宮にいる時には使っている。

 これは月虹兵としてではなく、そもそもがトーヤと共に八年前の出来事に関わったから故に賜った部屋なのだが、他の者は当然知ることもない。いつか自分が隊長になった時にはあそこに入れるのかな、と言う者もいるのだが、あそこは隊長室ではない、あくまで「ダルの部屋」なのだ。


 だがそれも、マユリアが交代し、侍女頭が交代した後にはどうなるかは分からない。

 

 もう今のように定着してしまったら、さすがに月虹隊の廃止はないだろうと考えながらも、


(いや、でももしも、神官長やセルマ様の時代になってしまったら、なくなるかも知れない)


 ともダルは思っていた。


 そうだ、どうなるのか分からない。

 ダルは一気に問題が自分の身に近づいた気がした。


 もちろん大きなことが起きていると理解はしていたつもりだが、人というのは、それがどんな問題だとしていても、自分の身の上に起きたことが一番大きく、重くなる。

 この八年、懸命に作り上げてきた月虹隊が、あの二人のせいでなくなるかも知れない。その可能性がダルの危機感に火を点けた。


「これじゃだめだ」

「えっ!」


 座って書類の束を見てため息をついていた隊長が、いきなりガタンと大きな音を立てて立ち上がったので、本部にいた隊員たちが驚く。


 自分は今まで、なんとなく物語の主人公はトーヤで、自分はその手伝いをする立場のように思っていた部分があった。

 

(そうだ、あの時もそうだった)


 トーヤがシャンタルが心を開かない限り助けないと決めた時、自分が代わりに棺を引き上げると決めた。何があっても諦めないと自分が決めたのだ。


「宮へ行く」

「え?」

「この文の束持って行って話してくるよ」

「え!」

「このままほっとけないから。じゃあ行ってくる」

「あ、俺も! 俺も連れて行ってください!」


 さっき、マユリアと会ったことがあるのかと聞いてきた若い予備兵が急いでダルの後を追った。

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