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21 女神と忠臣

「お疲れ様でした」


 ルギがミーヤを部屋へ送り、マユリアの客室へ戻ってきた。


「アランやディレンの取り調べも進んでいるのですね」

「はい」

「本当に苦労をかけることです」


 マユリアがゆるく両のまぶたを閉じる。


「一体誰が何をどうしているか、本当は分かっているのですよね」

「おそらくはそうではないかということは」


 ルギが丁寧に頭を下げて続ける。


「ですが、確たる証拠といえる物はあの香炉以外にありませんので」

「そうでしたね」


 神官長がエリス様ご一行に責任を押し付けようとしている。そして偶然ルークことトーヤの代役を務めたハリオのことを知り、衛士たちもエリス様ご一行に怪しむ目を向けている。そしてトーヤが戻っていることも知られてしまった。


「どこからどう見てもエリス様ご一行のことを知らぬ顔をするわけにはいきません」

「そうですね」


 エリス様の正体を明らかにするということは、八年前のあの出来事を明らかにするということだ。そんなことができるはずもない。


「どうすればことが落ち着くのか、何かこれということがあるまで待つしかありませんね」

「はい」

「そして、無事に交代を終わらせなくては」

「……はい」


 交代という言葉にルギが微妙に反応する。そしてマユリアもそれに気がついた。


「交代を無事に終わらせたら、わたくしはようやく両親とお会いできる」


 マユリアが自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、


「そして、国王様とのお約束通り、両親の意向を伺わないといけません」

「え?」

「国王様にお約束をすることになりました。人に戻り、両親の元に戻り、落ち着いたら国王様からの求婚を受け入れるかどうか両親の意向を聞く、と……」


 ルギは返す言葉がなかった。


 国王の意向をシャンタリオの市井(しせい)の人である両親に尋ねるということ、それは、断ることなどできないということだ。


『任期を終えて人に戻られた後、ご両親との時をお持ちください。一人の娘に戻って家族の時をお過ごしください。そして少し落ち着かれたら、もう一度私とのことをお考えください。私はいつまででもお待ちいたします』


 新国王の言葉はマユリアとその親の気持ちを尊重するという形をとってはいるが、この国で、この神域で、誰が神に等しい、人の頂点にある方の意向に逆らうことができるだろう。


「どうなさりたいのです」


 頭で考えるよりも早く、ルギの気持ちから言葉が出ていた。


「え?」

「あ、いや」


 何をどう言おう。一瞬そう思ったが、素直に話すことにした。


「トーヤたちが、マユリアのお気持ちを伺って動くと」

「え?」

「もしもマユリアがこの国からお逃げになりたいのなら連れて逃げる、もしも後宮に入りたいのならその気持を尊重する、そう言っておりました」


 マユリアはルギの言葉を聞くと、


「そう、おまえもトーヤのことを知っていたのですね」


 そう言った。


「はい、申し訳ありません」


 ルギが静かに頭を垂れる。


「謝ることはありません。おまえのこと、わたくしのことを考えてくれてのことでしょう」


 ルギは黙ったまま頭を下げ続けている。


「知らなかったのは、おそらくわたくしとラーラ様だけなのでしょうね」


 ルギは何も答えない。


「ですが、エリス様ご一行には救われました。当代があのようにお幸せそうに。それだけでも来ていただけてよかったと思っています」


 ルギの頭にも浮かぶ。お茶会から今日のアランとの文通の約束までに、それまでどこかしら萎縮していたような小さな女神が、みるみる少女らしく花開く様が。


「常よりも二年も早い交代、まだあれほどに幼い当代が幸せにマユリアにおなりになれるよう、そのことだけを今は考えようと思います」

「ご自分のことは」

「え?」


 思わずルギの口から気持ちがこぼれる。


「ご自分の交代の後のことはどうなさりたいのですか」

「ルギ……」


 さっき言ったはずだ。人となった自分に国王の(めい)に逆らうようなことができぬことは。


「分かっております」


 ルギはマユリアの心の声に対する答えを口にした。


「分かった上で聞いております。マユリアには、道を選ぶことができる。そのことも申したはずです」

「ルギ……」


 マユリアは驚いていた。


 今まで自分の命に逆らったことのないルギ。

 何を命じてもその意味すら聞かず素直に従ってきたルギ。


 そのルギが、自分の心を分かりながら、それでもまだそう尋ねてくる。


「トーヤたちです」


 ルギが言葉短に続ける。


助け手(たすけで)と」


 そうだ、八年前にそう託宣があった。


「トーヤが、いえ、トーヤたちが、どなたをどう助けるのかまで託宣は告げておりません。その中にマユリアも入ってはいけないでしょうか」

「ルギ……」

「マユリアが王宮に入りたい、国王陛下の皇妃になりたい、そうお思いならばそう申していただければ、このルギはいつまでも衛士としておそばにお仕えいたします。ですが、別に本当のお心がおありなら、どうぞそれをお伝えください。その思いを叶えてください」

「…………」


 マユリアは忠臣の言葉に答えることができない。


「どうか、どうかご自分のお気持ちに正直に、交代の後の道をお選びください」

「ルギ……」


 女神と忠臣は言葉はなく互いの瞳を見つめていた。

 今までには存在したことがなかった時間であった。

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