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 9 長老と主婦

「おい!」

 

 トーヤが止めようと急いで手を伸ばした先から、シャンタルがするりと身を避けて立ち上がった。


「ダルのご家族のみなさん、はじめまして。私の名はシャンタルと言います」

「え?」


 ダルの家族5人が丸く目を見開いた。


 それはそうだろう。この国、この世界では、その名を持つ(かた)は、唯一(ゆいいつ)シャンタル宮に君臨するあの方だけだ。

 

 シャンタルはさらりとマントを脱ぎ落とし、黒髪のかつらも取り去った。


 輝くような褐色の肌。

 流れ落ちる絹のような銀の髪。

 そして深い深い緑の瞳。


 ダルの家族の前に降り立ったのは、「聖なる湖」で眠っているはずの「黒のシャンタル」であった。


「そんな、なんで……」


 ダリオがそう言って唾を飲み込んだが、二組の夫婦は黙ったままじっとシャンタルを見つめていた。


「私は」


 シャンタルが5人を見つめながら続ける。


「八年前、託宣の客人、助け手(たすけで)トーヤによって助け出され、この国を出ました。その時にトーヤを手伝ってくれたのがダルでした」

「ダルが!」


 ナスタが大きく反応した。


「一体それはどういう……」

「何がどうなってんだ」


 ナスタとサディがそう言って顔を見合わせる横で、


「そうかい、よかった……」


 ディナがそう言って本当にうれしそうに微笑む。


 村長が深いシワのある顔に固い表情を浮かべ、黙ったまま妻を見た。


「やっぱり八年前のことだよ。ダルに頼まれてね、我が家である女性をお預かりしたんだ」


 ラーラ様のことだ。


「その方は、わけあって大切な子どもさんと離れなくてはいけなくてね、それはもう必死にそのつらさに耐えていらっしゃった。そしてやっと子どもさんの(そば)に戻れたというのに、その後、その子どもさんが亡くなったと聞いて、どういう思いで過ごしていらっしゃるのだろうとずっと気になってたんだよ」


 ディナがほんの少しだけ(うつむ)いた。


「けど、そうじゃなかった。また会える別れをしただけだと分かった。その方もそれになら耐えられただろうさ」


 シャンタルが黙ってディナをじっと見つめた。


「今も、元気で戻ってこられる日を首を長くして待っていらっしゃることだろう。お会いになれたらどれほどお喜びになられるだろう、そう思うともう、うれしくて何を言っていいのやら……」

「ばあさん……」


 トーヤが言葉もなくディナを見る。


「あんたも水臭いねえ、そういうことならとっとと話してくれりゃいいもんを。その時の続きだろ? いたいだけここにいりゃいいさ」

「ちょっと待っておくれな!」


 ディナの言葉をナスタが(さえぎ)った。


「ばあちゃんはこの家の長老かも知れないけど、今、この家の主婦はあたしだよ? 勝手に決めてもらっちゃ困る!」


 そう言ってトーヤを振り向くと、


「トーヤ、これは一体どういうことなんだい?」


 厳しい目でトーヤを(にら)みつけた。

 

 さっきこの家に入ってきた時にはあれほど温かく、喜びに満ちて降り注いでくれた視線が今は厳しい。


「おふくろさん……」


 トーヤはそれはそうだろうと思いながらも、やはりさびしさを感じていた。

 自分は今、この家に厄介事を持ち込んだよそ者なのだ、そうひしひしと感じていた。


「トーヤ」


 もう一度ナスタが厳しく言う。


「一体何がどうなってんのかちゃんと説明してもらいたいもんだ。もしもそうできないってのなら」


 ナスタは一つ息を吸うとゆっくりと続ける。


「ダルのやつがどんだけとっちめられるか分かるよね? あのバカ息子、よくもそんな大事なことを八年もの間あたしに隠してやがって! あんたもだよ! そんなに信用おけないかね、あたしらが! え、どうなんだい?」

「おふくろさん……」


 ナスタが座っているトーヤの近くにだだっと駆け寄り、しゃがんで視線を合わせると、


「あんた、そんな役目があるから八年前に姿を消したんだね? その間、あたしらがどんだけあんたを心配したか分かってんのかい? ダルに聞いても役目だ、そのうち戻るとしか言わない。ダルの結婚式にも戻らない。そのうちこんなに年数が経って、もしかしたらと何度も思ったさ。え、どう思ってんだい!」


 トーヤにはもう言葉もなかった。

 これだけのことを持ち込んだ自分、今もまた迷惑に巻き込もうとしている自分に対して、ナスタは本当の息子に怒るのと同じ怒りをぶつけてくれている、そう理解できたからだ。


「そこのあんた!」


 ナスタが今度はシャンタルに顔を向け、そして立っているシャンタルに合わせるように自分ももう一度立ち上がる。


「あ、あんたもね、前はどこのどういう人かは知らないけど、今はトーヤの家族なんだろ? だったらあたしの息子も同じ、って、息子でいいんだよね?」


 ここにきてやっと、シャンタルの声から受けた印象と、今まで自分が思っていたこととの違和感に気がつく。


「男、の子だよね?」

「はい」


 シャンタルが楽しそうに笑って答える。


「男です」

「そうなのかい」


 ナスタがやっとのことで事実を受け止める。


「あの」

「なんでしょう」

「あの、それでなのかい? その、八年前」

「どうなんでしょう」


 シャンタルがもういつもの調子で軽く首を傾げる。


「そうなのかも知れないし、違うかも知れません。ですが、何にしても色々と聞いてもらうことがあるとは思います」

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