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 8 家族

「うれしいねえ。この子、この村があんたの帰る場所だって、そう言ってくれたんだよ、うれしいじゃないか」


 ディナがトーヤに向かってニッコリと笑い、またベルの髪にそっと手をやる。


「そうさ、ここがトーヤの帰る場所なんだよ。だからあんたもそうすればいい」

「え?」


 ベルが驚いてディナを見た。


「今日からここがあんたの故郷だよ」

「でも、おれ、今初めてここ来たばっかりで、そんで、おれがどんな人間かもわかんないのに、そんなこと言っちゃだめだよ」

「なんでだめなんだい」

 

 ディナがベルの髪を撫でながら続ける。


「あんたはもうトーヤの家族なんだろ? だったらうちの家族だよ」

「そんな……」


 ベルが思わず言葉をなくすと、ディナは今度はシャンタルを向き直って続ける。


「あんたもだよ、あんたも一緒だ。トーヤの家族で、そしてこの子の家族なら、うちの家族だ」


 シャンタルは目の下まで赤いマフラーを巻き、前髪で目の部分までを隠している。

 その上下の間、わずかばかりの空間に褐色の肌と深い緑の瞳がかろうじて見えるだけ、一体何を考えているのかいつも以上に分からない。


「私は」


 シャンタルがゆっくりと口を開く。


「その子の兄じゃないんです」

「おい!」


 トーヤが急いで声をかけて止めようとする。


「その子にはアランという本当の兄がいます」

「そうなのかい」


 ディナは様子を変えることなくそう聞く。


「ええ」

「でもあんたもトーヤの家族なんだろ? だったら問題ないよ」

「だから、それじゃだめだって!」


 シャンタルではなくベルがそう答える。


「なんでだい?」

「だって、おれたちどんな人間かわかんないんだよ? もしかしたら海賊とか盗賊で、そんでこの村を襲いに来たかもしれねえじゃん! もっと警戒しなきゃ!」

「おや、そんなことするつもりだったのかい?」


 ディナが目を丸くしてベルに聞く。


「いや、ないけど! そんなつもりないけどさ!」

「だったらそれでいいだろう?」

「おばあさん……」


 もうベルには返す言葉がなかった。


「トーヤもそのつもりでこの子たちをここに連れてきた、そうなんだろ?」

「あ、いや……」


 そうではなかった。

 今回ここに来たのは他に行く場所がなかったからだ。


 もちろんトーヤにとってカースは特別な場所だ。


『他のやつらはみんなあっちのある村の墓地で眠ってる。俺の、もう一つの故郷みたいになっちまった村だ』


 リル島でディレンにもそう話していた。今でもそう思っている。

 だが、今回はそのつもりで戻ったのではない。


「違うのかい?」

「いや、違うってか、なんてのかな」


 単純に「そうなんだ」と言えば簡単だと思うのだが、なぜだか言えなかった。


「ここで嘘は言えないよね」


 シャンタルが困っているトーヤを見てクスリと笑った。


「私もそう。だからベルの兄だって言い続けられなかった」

「ベル?」

「この子、アベルじゃなくて本当はベルって言います。女の子です」

「ちょ!」


 ベルが驚く。


「そうかい、女の子かい。まあどっちでもいいさね、かわいい子なのは間違いないし」


 ディナがまたそう言ってベルに笑いかける。


「それで、そっちのお兄さんはなんて名前なんだい? もういいんだろ、言ってもさ」


 さすがにそれは言うわけにはいかない。

 それはこの国で唯一の名、その名を持つということはここにいるのが誰なのかを知られてしまうということだ。


 今、ここにいるのは村長夫婦、サディとナスタ夫婦、ダルの次兄のダリオの五人だ。

 いくらダルの家族、信頼している人たちとはいえ、さすがに言えない、言って巻き込むわけにはいかない。


 トーヤはそう思って黙ったままだ。


「どうしたんだい、あんたらしくもないね」


 ディナがトーヤにもう一度そう言う。


「トーヤ」


 シャンタルがトーヤに言う。


「私は言ってもいいと思ってるんだけど」

「おい!」


 さすがにトーヤが気色(けしき)ばむ。


「それはだめだ!」

「どうして?」


 理由は分かっていた。


「巻き込みたくないから?」


 あの長い話をした夜、シャンタルが同じ言葉を口にして、アランとベルに責められた。


「トーヤの気持ちはよく分かるけど、もう隠してはおけないと思う」


 トーヤは返事をしない。


「あの時、ためらう私にトーヤはこう言ったよね。『俺は、こいつらは信用できると思ってるんだがな。おまえは違うのか?』って」


 そうだ、トーヤはそう言った。


「それからこうも言ったよ」


『なんて言うか、これも運命だと思わねえか? 今この時にこいつらと一緒にいる、そんで別れるっても簡単には諦めてくれそうもない。こっちもこいつらを信用してるんだ、話してもいいんじゃねえのか? その上でこいつらがどうするか、そいつはまたこいつらの問題だ、違うか?』


 一字一句間(たが)えずにシャンタルがそう言う


「それは言った。けどな、重さが違うだろうが」

「どう違うの?」

「それは……」


 変わらない。

 宮から預かった生き神を人に戻すための旅にアランとベルを巻き込んだ。

 それと同じことだ。


 巻き込まれることを選んでほしいと思っていた。

 そうなるだろうと思った上で選べと言った。

 きっとこの人たちもそうしてくれるはずだ。

 だからこそ言いたくない、トーヤはそう思っている。


「とりあえず私は話そうと思ってる」


 あの時のトーヤと同じ言葉をシャンタルが口にする。

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