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涙の理由



最近ガチ泣きしたのでよく考えてみたが、自分の場合理由が自分でわかっている涙は大体悲しみではなく怒りとか憤りによるものである。自分でも若干どうなのかなーと思わなくもないのだが。

直面しているものが腹立たしいというよりは、それに言い返せなかったり適切な行動をとったりができない自分に対する怒りの場合が多い。望むように動けないことに対するもどかしさというか。まあ、涙で息が詰まって言葉が出てこないとかなるとどっちかがどっちというか負の連鎖って感じだが。

悲しくて泣いたことがないかといえば多分そんなことはないと思うが、ちょっと記憶にない。覚えてないだけかもしれない。自分でもどうして泣いてるかよくわからないのがそれなのかもしれない。知らんけど。

そういえば怒りの方が感情としては原初の方に近いとかいう話があったような。だから何、ってわけでもないのだが。まあ悲しみより怒りの方が分かりやすいと言えばわかりやすい。悲しみに怒りで同調する人も割とよく見る。逆はあまり見ないような?まあなくはない。

獣が悲しむというと疑う人もいるだろうが、獣が怒ると言われてそれを疑う人ってあまりいないと思う。なんなら虫やら魚やら植物やらが怒ると言われても信じる人はそこそこいると思う。いやさ実際怒りというかじゃん社として説明のつくものかもしれんが。牙を剥いて唸るとか攻撃行動をとるとかとにかく興奮状態になることをさして怒っていると言って同意する人は多いんじゃなかろうか。実際は怒りというより怯えているという場合もあるんじゃないかと思うが。

涙を流しているとなれば、大体の場合に人はその人物は悲しんでいる、と受け取ると思う。自分も基本的にはそうだ。だが、実はそうでもないのかもしれない。あるいはそもそも悲しいとはどういうことなのかを考えるべきなのか。哲学か言葉の定義か心理学か何かになりそうだが。

一般的に悲しいと評される話を読んで涙が出ることはそこそこある。でもそれは悲しくて涙が出たのではなくて、憤って出ていたのかもしれない。自分の無力さとかで。私は彼らを幸せにすることはできない的な。うーん、ありえないとは言えない。

あるいは、人は悲しい時に泣くものだという前提があって、これは悲しい状況であると認識したから泣いたのかもしれない。自分が悲しいから泣いているのではなくて、悲しい時には泣くものだと思っているから泣いているのだということ。無暗な共感表現だとでもいえばいいのか。本当に実際共感しているのかはともかく。

哲学的ゾンビとか中国人の箱とかに近い概念というか。こういう時はこうするもの、というプログラムで動いているだけのものだったとして、箱の外から中が観測できなければ内実はわからない。外見には感情で動いているように見える。いや一応自分のことであるはずではあるんだけども。

怒りとはどんなものか説明しろと言われても難しいが、怒りがどんな感じのものかはなんとなくわかっている(つもりである)。だが、悲しみはよくわからない。どういうのを悲しい話、大抵の人が悲しいことだというのかというのは一応わかっているのだけれど。悲しいとは。

仏教だと、ざっくり言えば大体の感情やら苦しみやらは執着に由来するという。つまり何にも執着がなければ無だ。まあそれが幸いなことかは定かじゃないが。執着があるから悲しくなったり腹が立ったりする。いずれにせよ執着に対する満たされない想いからということになるか。

怒りも悲しみも似たようなものなのかもしれない。表現技法が違っているだけなのかも。別に確信があって言っているわけではない。どちらにせよ感情が高ぶると泣くようなので言ってみただけだ。まあ喜怒哀楽何が荒ぶっても涙が出るのかもしれないが。

感情は自分の意思でどうにかなるものではない。というか、するものではない。したらそれはプログラムを組まれたボットと何が違うのか。感情の発露からくる行動を抑えるのは理性だが、そもそも感情の発生そのものを制御しようとするならという話である。ディストピアかな。

涙は感情の発露からくるものとは限らない。所謂ところの、生理的な涙というものもあるからだ。そもそも涙は目が乾かないために分泌される液体だ。それが何故悲しみと結びついたのか。興奮すると目が乾くのか、何らかの混線系エラーなのか。エラーなのかな…。

生理的な涙といえば、あくび涙や痛みに反応して出る涙なんかがある。そちらか?そういえば、涙を流すことがストレスの解消として作用するんだという話があった。そっちの方が有力か。怒りも悲しみも捉えようによっては強いストレス状態だ。その解消のための反応があっても何ら不思議はない。ストレス反応としての涙か。理屈は多分通ってるんじゃないだろうか。どの程度信憑性があるかはともかく。あとそういう言い方をすると味気ないとか言われるかもしれないが。




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