第3話 黒ネコ視点
お気に入りのコースを散策中、周りの景色が歪んだかと思うと、この場所に転移していた。
ここは、銀浪洞神社。
ボクが小さい頃に捨てられて、たどり着いた場所。
以来、ボクはこの場所で育ち、30年以上生きている。
ある日、この神社に祀られているアイツから異世界へ渡る力etc.を与えられた。
異世界へ渡り、見たこと、聞いたこと、起きたこと、体験したことを、この世界のニンゲンに伝えるように言われている。
その目的、理由は不明。
それは……問題ない。
散策コースが、かなり増えただけだと思えば……。
なんとか。
ただ、神? との繋がりを持ったことによって、ことあるごとに呼び出され、または召喚される。
いや、真っ当な用事なら、これも問題ない。
猫の手も借りたいほど忙しい、というなら仕方がない。
もっとも真っ当な……と思われる用事は、数年に一つか二つくらい。
そして、忙しいどころか、アイツは常に暇をもて余している。
だからといって、たびたび気まぐれに召喚するのは、やめてほしい。
正直、迷惑している。
アイツは「あなたこそ、全ての世界で最も自由なネコです」なんて言っていた。
これのどこが最も自由なのか、自由とは何か、色々説明を求めたい。
いったい、今日は、なんの用だろうか?
多分、ろくでもない理由にちがいない。
「ひ、ひゃあああ!」
目の前でニンゲンの女性が、ボクの出現に悲鳴を上げるほど驚いている。
ボクは状況把握のため、長方形の石の上にちょこんと座って、目の前に立つ女性の様子をうかがっていた。
――向こうに男性の姿がみえるね。二人は、カップルかな?
「あ、でも、なんか、このコかわいい」
女性は、そう言ってボクに近づいて手を伸ばしてきた。
――ええと、やはりよく分からないな。とりあえず、女性に害意は無さそうだ。
一応、それらしく彼女を見ながらニィとないておいた。
――なんだかよく分からないケド、なり行きに任せてみるか。
女性は、ボクを抱っこして、もふもふし始めた。
――う、ちょっとキモチいいかも。眼を閉じると、ころころ喉が鳴るよ。
「かわいいなぁ。オマエ、この神社に住んでるのか?」
男性が、こちらに近づいてきてそう言った。
――イヤ、住んでいたのは昔の話です。今日は、ここのアホに無理やり召喚されました。
「首輪もしてないし、多分、捨てネコだよ」
「ひどいヤツがいるんだな。っても、俺のウチでも飼えないけどな」
「アタシのウチもムリ。妹が、アレルギーだし」
――あ、あのね、飼い猫になるつもりはないから。飼い猫が幸せとは限らないからね。だから、そんな切ない顔しないで。
男性の方に視線を向けると、彼が祠に近づいて行くのが見えた。
そして、祠の前で手を組んで、
「黒猫に飼い主が、現れますように!」
とお祈りを始めた。
……それ、宗教違うよね?
それを見ていた女性は、微笑んでいた。
そしてボクを抱っこしたまま、男性の隣に立って言った。
「ユウジ、ちがうよ。二礼二拍手一礼だって」
――うん、ボクもそう思ったよ。
「う? なんだそれ?」
……。
女性は、ボクをユウジと呼ばれた男性に預けてから「見てて」と言って、正しい参拝方法でお祈りした。
なぜか、イヤな予感がする。
――ちょっと、待って。気持ちはとっても嬉しいケド、真面目にお祈りしないでっ! アイツ、絶対、アホなこと思いつくからっ!
すると、コロロロとなにかが転がるような音がした。
その音がしたところに視線を向けると、なにやらお賽銭箱の下に枡のようなモノが取り付けられている。
その枡のようなモノの底に、5円玉が入っているのが見えた。
――あ~あ……。
二人は、顔を見合わせていた。
ボクは、眼を閉じた。
「は? 釣り銭出てきた?」
男性が、お賽銭箱の下から転がり出た5円玉を見て放った言葉がコレだった。
――アホかっ! そんなワケあるかっ。
女性の方は、激しく動揺しているようだ。
すこしだけ状況が掴めてきた。
コレはアレだ。
アイツの娯楽に付き合わされたんだ。
たぶん、ボクを召喚したのも女性を驚かせるためだろう。
――まったく、くだらないことに神の力とやらを無駄遣いするね。
ボクは男性の腕から跳び降り、とてとて歩いて長方形の石の上にひょいと跳び乗ると、そこでまあるくなった。
――ホント、付き合ってられないよ。
動揺している女性をよそに、男性はおみくじコーナーの方を見ている。
「お? おみくじ。やってみね?」
――やめた方がいいよ。
賽銭箱の側に、おみくじコーナーがあり、六角形をした金属の筒が3つほど並んでいる。
おみくじ1回100円と書かれた立札が立っていた。
女性は、なにやら、きょろきょろしている。
きっと、お金を入れる箱を探しているのだろう。
「……100円払うのドコ?」
「賽銭箱で、いいんじゃね?」
男性が祠の前の賽銭箱に100円玉を投げ入れると、チャリンと100円玉が賽銭箱の底に落ちる音がした。
………。
………。
二人が、賽銭箱の下を固唾を飲んで見守っている。
――いや、なにも出ないからね?
男性が六角形の金属の筒を振って、おみくじを引いたのが見えた。
「のおぉぉ、ひでぇ!」
そして天を仰ぎ頭をかかえて悶えていた。
大凶を引いたのだろう。
――だから、やめとけばよかったのに。
そんなボクのココロの呟きが、彼に届くことはなかった。
「納得出来ん。もう、一回!」
と、さらに100円玉を賽銭箱に投げ入れおみくじを引いた。
「なっ!? また、大凶? ありえなくね?」
熱くなった男性は、今度は100円払わずに、おみくじの筒をがしゃがしゃとシェイクしてから引いた。
「はぁ? このおみくじオカシイって。大凶しかなくね?」
――まぁ、そうだろうね。
そして男性はムキになって、もうお金も払わずおみくじを引きまくった。
何度引いても大凶だったようだ。
――アイツの狂喜する姿が、目に浮かぶよ。
とうとう、男性は完全にぶちギレて、六角形をした金属の筒を地面に叩きつけていた。
――キミは、アレだね。ここに祀られているモノに愛されてるね。きっと今頃、アイツは奇声を上げて高笑いしていることだろう。
「ああ、もう、行こうぜ」
男性は、不愉快そうな顔でそう言った。
女性は、とても冷めた目で男性の様子を眺めていた。
――もう、十分でしょ。アイツも、満足したんじゃないかな。
ボクは、女性の足下に近づいて行き、ニィとないた。
そして、とてとて歩きだした。
すこし離れたところで立ち止まり、二人に振り返って、またニィとなく。
「こっちだよ、っていうことかな?」
――うん、ついてきてね。
二人がボクの後ろについてくるのを確認しながら、アスファルトで舗装された道路まで案内した。
「道案内ありがと。またね」
女性は、しゃがんでボクの頭を撫でてから、小さく手を振った。
――お疲れさま。もう二度と、来ちゃ駄目だよ。
ボクは、二人が小さくなるまで見送ると、彼らとは反対の方向へ駆け出した。
ボクも、もう、行かなきゃ。
銀浪洞神社。その神社、またの名を大凶神社。
ヒトに捨てられ忘れられたモノの神域。
縁は切れ、大願かなわず、
財を失う。
家内安全、安産祈願、商売繁盛、無病息災……祈願は数多あれど、御利益なし。
賽銭投げれば、つり銭返り
おみくじは、大凶だけ
ヒトの苦しみ、悲しみ、怒り、焦燥、傲慢、怠惰、屈辱、色欲、暴食、強欲、嫉妬、嫌悪、悔恨、絶望、愚劣…は、ここに祀られたモノの娯楽あるいは糧となる。