第1話 迷い込んだふたり
この作品は、カクヨムで『その神社、またの名を……』のタイトルで、公開しています。
「あれ、ねぇ、こんなところに神社があるよ」
ユウジとハイキングに来て、道に迷った。
地図の通りに歩いていたはずなのに、いつの間にか、道を間違えていたらしい。
仕方がないので引き返したつもりが、今度は来た道すらわからなくなった。
そして、この場所に出た。
少しだけ、ほっとした。
神社があるなら、近くに道路もあるだろう。
道路を道なりに歩けば、人に出会うことが出来る筈だ。
人に出会ったら、道を教えてもらおう。
そう思った。
「あ~、ホント意味不明だわ。なんで迷った?」
「ホントだね。でも、これでなんとかなるんじゃない?」
少し大きめの祠の隣に「銀浪洞神社」と彫られた石標が立っている。
ただ神社というには、控え目なモノだった。
この祠の奥には、鳥居が建っている。
その鳥居は、高さ約300㎝幅約250㎝ほどの鉄の観音扉を囲うようにして建てられていた。
鉄の扉は、来訪者を拒むように入口を固く閉ざしている。
「ああ、もうガチで疲れた」
ユウジはそう言うと、境内に並んでいるリクライニングベッドのような形をした石のひとつに腰をおろした。
――この石の形、どこかで見たような? よく覚えていないけど、歴史の授業でこんなの見た気がする。石舞台なんたらとかいうの……。
アタシはなんだか気になって、ユウジが腰かけている石から順に端の方の石まで、ひとつずつ見ていった。
同じ形の石が、全て同じ向きで6つほど並んでいる。
とても嫌な方角に。
――枕みたいな石が北になってる……。
「ユウジ、そこに座らない方が良くない? なんか、この石キモいよ」
少し離れた場所から声をかけた。
「あ? 別に良くね? 疲れたんだって」
ユウジは、怪訝な顔でそう言った。
――ホント、イヤなんだけど……。
そんな気持ちを解って欲しくて、アタシはユウジに視線で訴えた。
その時だった。
気配も前触れもなく、ふわっ、と黒いモノがアタシの前に飛び出した。
「ひ、ひゃあああ!」
――もう、めちゃくちゃ、あせった! なに、なに、なに!?
目の前にある石の上で、黒ネコがピンと尻尾を立ててアタシを見ていた。
トパーズのような瞳の黒いネコ。
「うおっ!? あせったぁ。なに?」
ユウジは、アタシの悲鳴に驚いたようだ。
そして、アタシの前にちょこんと座ったネコを見て、
「なんだ、ネコじゃん」
と呆れた顔で言った。
――いやもう、ホント、ガチであせったんだからっ!
「あ、でも、なんか、このコかわいい」
少しだけ触ろうとして、そのコに近づいて手を伸ばしてみた。
そのコは、アタシを見ながらニィとないて、じっとしていた。
アタシがもふもふするのを、待っていてくれたみたい。
アタシが撫でると、眼を閉じてころころ喉を鳴らした。
――あぁ、癒されるぅ。
黒ネコちゃんを抱っこして撫でていると、ユウジがやって来た。
「かわいいなぁ。オマエ、この神社に住んでるのか?」
――そういえば、なんでこんなトコにネコがいるんだろ? 神社の飼い猫……なワケないし。
この神社に人は住んでいないみたいだし。誰かが、このコをここまで連れてきて、捨てていったのかな?
「首輪もしてないし、多分、捨てネコだよ」
「ひどいヤツがいるんだな。っても、俺のウチでも飼えないけどな」
――ユウジのワンルームマンションは、ペット不可だったね。……ペット可だったとしても、あのごみ溜めのような部屋ではネコちゃんがかわいそう。
「アタシのウチもムリ。妹が、アレルギーだし」
――このコにアタシは、なにもしてあげられない。ごめんね。
ふと、ユウジの方に視線を向けると、ユウジが祠に近づいて行くのが見えた。
そして、祠の前で手を組んで、
「黒猫に飼い主が、現れますように!」
とお祈りした。
アタシは、黒ネコちゃんを抱っこして、ユウジの隣に立って言った。
「ユウジ、ちがうよ。二礼ニ拍手一礼だって」
「う? なんだそれ?」
「見てて」
アタシは、黒ネコちゃんをユウジに預けてから、祠の前に立った。
まずは、お賽銭を投げて……。
チャリンと10円玉が賽銭箱の底に落ちる音がした。
一度姿勢を正し、深いお辞儀を2回。手を合わせて、ぱんぱんと柏手を2回打つ。
手を合わせて、心を込めて「黒ネコちゃんに、素敵な飼い主が現れますように」とお祈りする。
最後に、深くお辞儀をした。
「へぇ~、よく知ってんな」
――ユウジとは、付き合いはじめて3ヶ月くらいだっけ? そういえば、一緒に神社とか行ったコトなかったね。ホントは、神社ではお願いじゃなくて「ありがとうございました」ってお礼を言うものらしいケド……。
黒ネコちゃんは、ドヤ顔するアタシを見てニィとないた。
なにか言いたそうなカンジ。
すると、コロロロとなにかが転がるような音がした。
その音がしたところに視線を向けると、なにやらお賽銭箱の下に枡のようなモノが取り付けられている。
――なに、コレ?
その枡のようなモノの底に、5円玉が入っているのが見えた。
――ん? お賽銭箱の下から、5円玉出てきた!?
………。
………。
アタシとユウジは、思わず顔を見合わせた。
――どゆコト?
「は? 釣り銭出てきた?」
ユウジが、お賽銭箱の下から転がって出てきた5円玉を見て放った言葉がコレだった。
――イヤイヤ、なんかそんな歌があったケドまさか……。
って、ど、どうすればいいの!? お釣り? もらうべき?
黒ネコちゃんはユウジの腕から跳び降り、とてとて歩いて、あのヘンな形をした石の上にひょいと跳び乗ると、そこでまあるくなってしまった。
「お? おみくじ。やってみね?」
――おいっ、切り替え早っ!
賽銭箱の側に、おみくじコーナー?があり、六角形をした金属の筒が3つほど並んでいる。
「おみくじ1回100円」と書かれた立札が目に入った。
――しかし、お金はどこに払えば?
きょろきょろ探したけれど、お金を入れる箱も置いていない。
「……100円払うのドコ?」
「賽銭箱で、いいんじゃね?」
……イヤな予感がする。
ユウジは、祠の前の賽銭箱に100円玉を投げ入れた。
チャリンと100円玉が賽銭箱の底に落ちる音がした。
………。
………。
――あれ? 釣り銭出ない。なんで? イヤイヤ、あたりまえか。少しほっとしたような、残念なような。
そんなコトを考えていると、
「のおぉぉ、ひでぇ!」
ユウジが天を仰ぎ、頭をかかえて悶えていた。
覗き込んでみると、六角形の筒から金属の平べったいアイスの棒みたいなモノがとびだしている。
そこには「大凶」と刻まれていた。
――また、器用にレアなヤツ引いてるし。
「納得出来ん。もう、一回!」
と、さらに課金。
「なっ!? また、大凶? ありえなくね?」
熱くなったユウジは、今度は100円払わずに、おみくじの筒をがしゃがしゃとシェイクしてから引いた。
またまた、大凶。
「はぁ? このおみくじオカシイって。大凶しかなくね?」
――どうやら、トコトンもってない男なのかな……。
ユウジはムキになって、もうお金も払わずおみくじを引きまくった。
何度、引いても大凶だった。
――あー、引くわ。そこまで、熱くなる? ギャンブル堕ちするタイプかも。
……でも、ホント、大凶しか出ないね。
「アタシも、やってみよ」
財布から100円玉を取り出して、お賽銭箱に投げ入れた。
六角形の金属の筒をがしゃがしゃと振って、おみくじを引いた。
大凶だった。
――遊びに近い運試しでも、あまりキモチイイもんじゃないね。
ユウジは完全にぶちギレて、六角形をした金属の筒を地面に叩きつけていた。
――うわ、ドン引き……。
「ああ、もう、行こうぜ」
ユウジは、不愉快そうな顔でそう言った。
――イイ男かと思ったんだケド、なんか、冷めちゃったな。幻滅?
そんなコトを考えていたら、黒ネコちゃんがアタシの足下に寄ってきて、ニィとないた。
そして、とてとて歩きだした。
少し離れたところで立ち止まり、アタシたちに振り返って、またニィとなく。
「こっちだよ、っていうことかな?」
黒ネコちゃんの後をついていくと、アスファルトで舗装された道路に出た。
「道案内ありがと。またね」
アタシは、しゃがんで黒ネコちゃんの頭を撫でてから、小さく手を振ってみせた。
黒ネコちゃんとの別れを惜しんでいると、ユウジは無言でアタシの手を引いて歩き出す。
こうして、なんとかアタシたちは無事?帰ることができた。
あれからユウジとは、会っていない。
実は、別れを切り出すタイミングをはかっている。
黒ネコちゃんが気になって、記憶を頼りに親友とあのヘンな神社へ行こうとした。
でも、どういうわけか、たどり着けなかった。
銀浪洞神社。その神社、またの名を大凶神社。
ヒトに捨てられ忘れられたモノの神域。
縁は切れ、大願かなわず、
財を失う。
家内安全、安産祈願、商売繁盛、無病息災……祈願は数多あれど、御利益なし。
賽銭投げれば、つり銭返り
おみくじは、大凶だけ
ヒトの苦しみ、悲しみ、怒り、焦燥、傲慢、怠惰、屈辱、色欲、暴食、強欲、嫉妬、嫌悪、悔恨、絶望、愚劣……は、ここに祀られたモノの娯楽あるいは糧となる。