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スカウトと決意


「貴方にお願いがあります」


 当代の若き剣聖が頭を下げてきたのは記憶に新しい。


「ふむ、若干十六歳にして剣一つで最高位の剣聖へと上り詰めた英雄が、この私にお願いですか? 私は魔法使いだ。君の望みが魔道具なら力になれそうもないですが」


 それまで繋がりは希薄で、せいぜいがモンスターパレードを蹂躙した日に、彼も同じ場にいて、そこで名声を高めたのを目撃したような繋がりだ。

 たとえ魔法使いとして世界に名が知れ渡っていたとしても、私の裁量で手に入れることのできるモノなど、剣聖の位を賜った褒美に帝王へ願えば事足りるはずだった。

 私は魔道具を作れないですしね。魔導技師なら紹介できるが。しかし――。


「いいえ、違います」


「ほう、だとすると何かな。興味深い話だ。私からのお祝いとしてできる限りの協力をしましょう」


 魔道具ではない。だとすれば直接的な魔法か。

 成長限界を意図的に外す禁呪か。或いは難病を患った人間を転生させることか。いずれにしろ不可能ではない。少々手間だが、快挙を成し遂げた餞として少しの労働は惜しまないつもりでいる。


「では剣聖どの。貴方の望みはなんでしょうか?」


 その問いに静かに顔を上げて、まっすぐと私の奥底を射抜いて口を開けた。


「貴方に引き取って欲しい人物がいます」


「……それは弟子にしろと?」


「そこまで望むつもりはありません。ですが、傲慢を承知でお願いします。貴方が運営する帝都一の魔法学園への編入を許して欲しい」


「その人物と貴方の関係は?」


「弟のようなやつです」


「つまりコネを使って身内を贔屓して欲しいのかな?」


「……」


 なんというか、俗すぎるお願いに内心ガッカリしていた。

 私の求めていた答えにはまるで及ばない。驚きのなさで失望したのを顔に出さないよう配慮する。


「なにも答えないということはそういう事なのかい? あえてもう一度聞かせて欲しい。君は私に失望されたいと思っているのかな?」


「……そう捉えられても、仕方のない事だと考えます」


「そうか、わかった。その願い聞き届けた。……せめて私を驚かせるようなことを言ってくれると嬉しかったんだがね」


 才能に胡座をかいた道楽が立てるほど、最高位というのは甘くはない。だが所詮は二十にも満たない子供だということだった。

 取り繕った笑みを消して、目の前の英雄を見る。


 そして、気づいた。


 彼もまた、何かを期待した目をしていることに。


「失望されたお詫びに、面白い話かどうかわかりませんが、彼の話をしても宜しいでしょうか?」


「是非とも。聞かせてもらおう」






 そこで聞いた内容は、嗚呼、確かに面白いモノであった。

 本当であるならば興味深いし、そして剣聖もまた実に面白い存在であることが分かる。


 彼は英雄になるべくして生まれた。


 そんな英雄が推してきた(・・・・・)弟分とは。


 目の前で振られた一太刀を見て、頭の中で描いた妄想のような仮定が現実のものとなった。


 認めよう、剣聖殿。

 弟分くんは確かに、私をも上回る逸材だ。

 そして紛れもなく――君はバケモノだ。



「やぁ、そこの君。

 名前を教えてもらってもいいだろうか?」


「……誰だ? この街の人の顔全部覚えてるけど、アンタみたいなおっさん、オレは知らねえ」


「ふむ、色々と言いたいこともあるが、まずは自己紹介をした方が話は早そうだ」


 まだおっさんじゃない。と言っても彼にとってはひと回り年上なら彼にとってはおっさんなのだろう。

 その辺りの調教は追々していくとして、私は悪戯に笑って名乗り出た。


「私は帝国魔導師団、元団長《賢者》のクラウス。

 今は魔法学園を運営していてね、君をスカウトしに参上したしだいだ」


「……魔法、学園……?」


「是非とも親御さんに合わせてはもらえないだろうか?」


 混乱する少年を前に、私は昂ぶる気を押さえつけて、性急に話を進めることにした。




 £




「単刀直入に言います。その子を魔法学園に引き取らせてはもらえないでしょうか?」


「俺は夢でもみてんだろうか」

「ちょ、ちょっとあなた、声! 声に出てるから!」


 オレは自宅で親のみっともない姿を見て頭を抱えた。

 クラウスって人――おっさんが有名らしいのはわかるけど、だからといって子供の未来について話し合おうって場で、もう少し気を引き締められないのだろうか。


「既にお子さんとはお話しして承諾はいただきました。あとは親御さんの了承を頂ければ、卒業までの生活の面倒はこちらでみさせていただく予定です」


「ほ、ほんとうなのか? お前、あれだけ魔法が嫌いだったじゃないか」

「そうよね、何か企んでるの?」


 ほんと、うちの親はオレに対して失礼だ。

 いや、そうなってしまったのは、ほとんどオレのせいだから責められないが。


「反抗期のことはもう引き出すなって……いや、今も反抗期だけど、とにかくオレが魔法学園ってとこに行くことに了承したのは本当だよ」


 ここへ来るまでに魔法学園のことについて聞いた。

 そして、オレはオレの意思で行くことを決めたのだ。


「魔法学園じゃランキングがあるらしくてな。ちょっと首席取って有名になってくるわ」


「いや、無理だろ……」

「そうねぇ、無理だと思うわ」


「親ならちょっとは期待しろ!」


 それまで口を閉ざしていたおっさんが、オレの説得を見かねたようで会話に混ざった。



「貴方たちの子は特別です。それは親である貴方たちもよく理解しているのでは?」


 お、いいこと言う。何がどうしてオレのことをそんなにヨイショしてくれるのか知らないけど、確かにその通りだ。


「父さんも母さんも、オレは絶対すごい魔法使いになるって何度も言ってたじゃないか!」


 オレがそういうと、なぜか両親は辛そうに顔を僅かに伏せ、目の端に小さな雫を浮かべた。

 え? なんで?

 まさか本音でオレじゃ無理だと思って、それを言うのが悲しいとか?


「賢者様、私たちはこの子に対して責任があります」


 突然の語り草だったが、真剣な話をしているようなので口を挟まなかった。


「もちろん、それは親としての責任のこともです。健やかに育ち、幸せ生きて欲しい。ただ、それだけでした」


 でした?

 なんで過去形なんだろう。


「ですが、私たちは行き過ぎた願いを持ってしまいました」


「行き過ぎた願い、ですか」


「はい」


 えっ、何?

 割と慎ましやかな生活だったけど行き過ぎたってなんだ?


「私たちは、私たちの幸せを押し付けてしまったんです」


 私たちの幸せ。

 その言葉だけで思い当たることがあった。


「この子は小さい頃から剣を振ることが好きで、この子の幼馴染と一緒にいつか剣聖になるんだ! って毎日毎日剣のことばかりで……」


「なるほど、想像がつきますね」


「オイ」


 おっさんはオレのこと全然知らないだろ。


「なのに……私たちはこの子に、才能がない剣よりも、才能がある魔法使いの道を進めたんです」


「オイ」


 オレに剣の才能がないって言い切るな。まだ開花してないだけでいずれ剣聖にならぶ英雄になる予定だ。

 父はオレのツッコミを気にも止めず。


「それはこの子にとって、とても残酷なことだったはずです。私たちは子供の幸せのためと思いながら、この子の夢を諦めさせようとしたんです。……魔法が嫌いと言われても仕方ない。子供にとっての幸せを見ていなかった。それが私たちの罪です。親失格だと思います。それでもこの子は私たちを親として慕ってくれている。だから、その罪の責任があるんです。今度こそ、子供の夢を支えてやれる親になるために。魔法学園へ行くと言う選択が、私たちの意思に従ったものなら止めなければならない」


 そう言い切った父は決め顔だった。


「ふざけんな! ッぅぉ!?」


 思わず台パンして、自分でビビった。

 でも、視線がオレに集中してるので仕切り直す。


「罪の責任ってなんだよ。オレがいつ迷惑だなんて言ったんだよ。確かに魔法が嫌いだ。みんなオレの剣の本質より分かりやすい才能に目をやるからな。でもな、オレはオレの幸せを思う親の心が迷惑だなんて思うほど小さい男じゃねえからな!」


 親の驚いた顔に苛ついた。みくびりすぎだ。

 比較的おだやかな反抗期で、しかも魔法についてのみの拒絶。深く考えすぎだ。


「そうだな、お前は大っきい男だ。でも、だからこそ、聞かないといけない。お前は優しいからな。期待に応えるために夢を捨ててほしくないんだ」


「なら、安心してくれ。オレは夢を諦めるつもりはない!」


「ん? でも、魔法学園に行くんだよな?」


「おう!」


 しばらく父さんたちと無言でお見合いしてると、横からおっさんがこの微妙な空気を変えてくれた。



「たぶん困惑しているでしょうから私から説明させていただきます。お子さんを勧誘する際、一つの条件を受け入れました。それは、私の裁量をもって、彼の剣を育てることです」


「剣を、育てる?」


「文字通りの意味ではありません。具体的に言うなら、彼が目指す最強の剣士に必要な魔法知識を授けること。学園に籍を置くことになりますが、実質、私の弟子にするようなものです」


「うちの子が賢者の弟子に!?」


「わ、私、夢を見てるのかしら?」


 オイ。何度これをしたら気が済むんだ。

 オレは感激した様子の親に呆れながら、おっさんの方を見やる。


「オレはオレの夢のために道を選んだ。それを支えてくれるなら問題はないだろ」


「あ、ああ。依存ない」


 父からの同意を得られたところでおっさんが紙を差し出した。


「では、同意を得られたということで。こちらの書類にサインをお願いできますか? 編入手続きと親権者の同意書、その他必要なものになります」




 こうして、オレは見事、親からの同意を得て、魔法学園への編入を果たすことになった。






 あれから慌ただしくもすぐに編入のための準備が終わり、既におっさんと共に街を離れて少し経った。

 帝国に着いたばかりで目につくモノに興味を惹かれてキョロキョロしながらおっさんの後ろを歩いている。


「さて、到着だ」


 すると、おっさんはちょうど突き当たりのところで立ち止まった。

 にこりと笑ってから見上げたのでその視線を辿ってみると、そこには町では見かけることのできないやたらとでかい建物があった。


 ずっと城壁だと思ってたわ。


「ここが今日から君の通うことになる学舎。帝国随一の魔法使いの卵たちが集ってくる登竜門にして私が長を務める根城。帝国第一魔法学園だ」


 自慢げに言い切るだけはある。

 このおっさんの凄さはいまいち計りかねているけど、本当に凄いことの証明にはなった。


「どうだい、今の意気込みは」


 オレが怯んだと思ったのかおっさんは意地悪そうに聞いてきた。笑い飛ばしてオレは叫んだ。


頂点(てっぺん)だ。オレはここで、剣聖にも並ぶ英雄になってやる」


 腰に折れた剣を抱えながら、今日オレは、この学園に足を踏み入れた。

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