オレの剣が折れた件
昔からオレは容量が悪かった。
「お前は進む道を間違った」
それが、オレの世界一尊敬した男から受け取った最後の言葉だった。
オレと同じ辺境の田舎町で育ちながら、瞬く間に誉れある近衛騎士団への入隊を果たした幼馴染の兄ちゃんは、地に這いつくばるオレへ向けて悲しそうに言い残して去っていった。
昔はよくチャンバラをしていた。
その時から兄ちゃんの方が強くて、何度も勝とうとしては挑んで負け続けた。敗北の味は知っている。
だけど、絶望したのは初めてかもしれない。
入隊する前の準備ということで久しぶりに帰ってきた兄ちゃんに、帝都へ行く前と同じように勝負を挑んだ。
結果は分かりきっていた。
世界から剣の才能を認められた兄ちゃんを相手に、オレの剣は届かない。撫でられるように受け流され、剣を弾かれ、いつしか何も考えずにただ振り続けるだけのお粗末な剣戟があった。
剣を折られて、もう続けようが無くなった時に、オレの夢見ていた道が閉ざされた。
「お前には別の道があるだろう」
「今からでもまだ間に合う」
「剣を捨てて、杖を持て」
「お前ならきっと――いや、俺が言えたことではないか」
全部、聞こえない。
聞きたくない。
オレは兄ちゃんに憧れている。
剣聖に並び立つ、剣の使い手でありたかった。
ただそれだけを目標に。
だから、兄ちゃんの残した言葉を受け入れたとき。
目の前が真っ暗になって、今いる自分の立ち位置が分からなくなった。
「……剣を、振らなきゃ」
意識を欠きながら、黙々と折れた剣を握って同じ型の剣筋をなぞる。
――無駄な努力だ。
そう思ってしまうオレ自身に吐き気が催す。
次第に荒くなりそうになる度に、兄ちゃんが昔してくれた「心は静かに」というアドバイスを思い出して踏みとどまった。
いつの間にか息が荒く、鼻を啜っていた。
視界がはっきりしないと思ったら、涙が溢れていた。
――お前は杖を持て
その言葉が、頭から離れない。
魔法使いになれと言われている。
そして、その才能を認めてくれているのは確かだった。
両親が魔法を使えるためか、オレにもその筋の才能があったみたいで、それも、親よりも特大の才能と聞かされた。街のみんなが知っている。オレは将来、魔法使いになることを渇望され、そこに輝かしい未来があると笑い合っている。
それが嘲笑に聞こえたのは、オレの心が狭かったからだ。
オレの夢を馬鹿にされた。そんなことはないのにそう思ってしまう。
周囲からの期待が嫌だ。
オレの夢を無くすような魔法が嫌だ。
そんな「嫌」から逃げるために剣を振るっていたことが、兄ちゃんにはバレてしまったのだろう。
オレもそれまで気が付いていなかった雑念を感じて、兄ちゃんはどんな思いでオレを見たのだろうか。
「くそっ、くそっ……くっそぉおおお!」
折れた剣は重心が変わって綺麗に振ることもできない。
それが、オレの剣の才能の限界だと、現実を突きつけられているようで悔しさに溺れそうになる。
――お前は進む道を間違った
オレは一体、どこで道を間違ったんだろう。
兄ちゃんとチャンバラした。
兄ちゃんが街一番の剣手になった。
兄ちゃんが帝都の大きな大会で優勝したのを見た。
思い出すのは全部、憧憬の姿。
全部が笑顔になるような記憶ばかりで、今の情けない様にどうして繋がるのか意味がわからない。
全部が間違っていたのだろうか。
オレは兄ちゃんに憧れてはいけなかったのだろうか。
「そんなわけ、ねぇ!」
思わず否定の言葉が口を出る。
「兄ちゃんは、剣聖は、オレたちの憧れだ!」
心に小さな熱が灯る。
それはバチバチと音を鳴らして、盛大に燃え上がる。
「兄ちゃんは夢を叶えた。くよくよ悩んでる場合じゃない。オレが間違えたのは、兄ちゃんの後ろであろうとしたこと! ただそれのみ!」
もう一度剣を上段に構えた。
折れた剣を握りしめ、オレは呪いの言葉を口遊む。
「――■■■■ッ!!」
目指すのは、目の前の障害を乗り越える力。
最強の一太刀。
兄ちゃん、オレは剣の道を諦めないよ。
たとえ、人の身に余る魔法の才を手放したとしても。