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ねこはもういません

作者: ミコト

「SCP-040-jpが擬人化した」

いや意味がわからん……。

ただ、報告があった以上調査はしなくてはならない、それが人類を守る財団の務めだ。

今日から奴の観察実験が始まる。

担当に、ミーム系の部署に所属する俺が宛てがわれたという訳だ。

俺はつい先日、Bクラス職員に昇格したばかりだ。若くしてこのクラスはなかなか優秀である、との事らしいがイマイチ実感がわかない。まあ財団側からすれば実感があろうがなかろうがどうでもいいのだろうが。

などと独りごちている間に、例の実験をするコンテナに着いた。

なんでも、擬人化したSCP-040-jpは、「ねこさん」と呼ばれることを肯定的に捉えており、丁寧口調で話すらしい。

そして何故か、財団のコンテナのひとつを占領して不明な原理で材料が常に補充され満たされているキッチンを展開し、「レストラン」を名乗る食事場所を提供しているらしい。従業員は「ねこさん」1人だけ。

Dクラス職員に調査に向かわせたところ「普通に美味しいレストランだった」とのこと。

……いやなんでや……?なんでScipがレストランやってるんや……?

とまあ疑問は尽きないが無数の実地調査を経て、安全性が確保されたので俺が向かわされることになった。

O-5のお偉いさん達曰く、「無限の食料とScipが経営していること以外は全く異常性がない」らしい。

本当に安全だといいんだが……。

さて、いつまでもビビってていても仕方がない、命令が出た以上逆らう訳にも行かないので、この調査による臨時ボーナスの使い道でも想像しながら入口の扉を開けた。


「いらっしゃいませ。ねこのレストランへようこそ」



……………………………………全く異常性がないって言ってたよな……?嘘つき団体め……


目の前にいる「ねこさん」と思われる少女は、異常なまでに可愛らしく、美しかった。



………………………………。


「あの、お客様……?如何なさいましたか?」


白い髪、透き通るような肌、大きく爛々と輝く瞳。

男なら誰もが見蕩れるであろうその容姿はミーマチックエフェクトでも発しているかのように俺の目を捕らえて離さなかった。


「ハッ!ああ、いや、なんでもないですよ、ええ。予約などはしていないのですがいいんですかね?」


なぜか敬語になる俺。


「大丈夫ですよ、ご利用いただけます」


「あ、じゃあ……」


「おタバコは吸われますか?」


「(喫煙席あるのかよ……)いえ、大丈夫です」


「ではこちらへどうぞ……」


奥の席へ案内され、メニューが渡される。

内容は本当に普通のレストランだった。だが、1つ気になる点が……


「あの、値段などは表記していないのですか?」


「ああ……当店ではお代金は頂戴しません。ですが、代わりに頂きたいものがあるのです」


「代わり……?」


まさかお命頂戴とか言わないよな。まあ安全なはずなんだが。


「はい、代わりに、帰る前にひとつ、貴方から私に何か「お話」をして欲しいのです。作り話でも構いません。短くても構いません。何かエピソードを聞かせてもらいたいのです」


「……」


大喜利かな?

いや、目の前のねこさんの表情はさっきから全く変わらぬ無表情ながらも、どこか若干真剣味を帯びている。


「わかりました、何か考えておきます」


「ありがとうございます、ではご注文を」


俺はハンバーグステーキとライスと適当なドリンクを頼んだ。

味は美味しい、かなりのものだ。そして異常性はやはりないらしい。むしろ疑ってかかるのが馬鹿馬鹿しく感じるくらい美味しいハンバーグステーキだった。


「では、お代金代わりのお話をなにか……」


「ああ……ええとじゃあ」


そして俺はとある男の子の話をした。

俺がまだ中学生の頃、隣に住んでいた小学生の男の子の話だ。

両親共働きで忙しく、親同士が仲が良いということで良く家に遊びに来ていた。

弟ができたようで嬉しかったこと、懐いてくれていることが自分の自信に繋がったこと、色々とねこさんに話して聞かせた。


「……ってことがあって、って……ねこさん?」


「……はい」


「なんだかぼーっとしてますけど、大丈夫ですか?」


もしかしてつまらなかったかな?まあ人の思い出話なんてそんなものか。


「……珍しかったので、つい」


「珍しい?」


「ここに来られるお客様は、『何人殺した』『とんでもない重罪を犯した』『家族に会いたい、苦しくてたまらない』『家族に見捨てられた俺は生きている価値がない』『ねこさんにセクハラしたい』『ねこさんぺろぺろ』といった話ばかりだったので……その、幸せな話をされる方は初めてのような気がしたので、思わず聞き入ってしまいました」


……Dクラス共は……本当に……まあ家族云々は分からなくもないが。最後の方は単なるセクハラじゃないか。ねこさん確かに可愛いけども。


「ですが、話の続きはまた今度にして貰えませんか?そろそろ閉店時間なのです」


「ああ……閉店」


ちゃっかりopencloseも決めているらしい。


「ではまた来ますね」


「はい。……あの」


「?なんでしょう」


ねこさんに呼び止められて、出口からあと一歩でコンテナから退場という所で振り返る。


「また、来てくださいね」


一貫して無表情だったねこさんの口元に緩やかな笑みが浮かんだ。

その微笑みは俺が見てきたどんな女性よりも可愛く、美しく、儚げで、忘れることが出来そうにない笑顔だった。

この瞬間から俺はねこさんのファンになってしまった。


翌日から俺はねこさんのレストランに通うようになった偉いさんからも許可は出ているので何も怖くない。

そのうち仕事中にもねこさんのことを考えるようになり始めていた。


いやこれミーム汚染されてない?

まああんな素敵なミームならいいんだけど。


そして俺はねこさんに色んな話をした。

小さい頃の話、財団での仕事の話(もちろん機密はさすがに遵守している)、財団に就職する前の将来の夢の話、ねこさんが相手だとなぜかスルスルと話ができたのだ。

ねこさんも楽しそうに聞いてくれていた。

最初の方はただ聞いていただけなのだが、毎日通う内にねこさんから質疑があったり、「私ならこう思うのです」みたいな意見交換をしたり、それなりに会話ができるようになっていた。



そんなある日、最近確保・収容した小難しいミーマチックオブジェクト系Scipの特別収容プロトコルが制定され、無事保護できた。

少しばかり関わった俺もなぜか打ち上げとやらに呼ばれて参加した。

そういえば夜ご飯に久しぶりにねこさんのご飯以外を食べたなあと思いつつその日は楽しんだ。


翌日レストランへ向かうと……そこには背中を向けて話すねこさんがいた。

…………んん?


「いらっしゃいませ」


「あの……ねこさん?」


「なんでしょうか」


「なんで……後ろ向き……?」


「知りません」


「えっと……」


「知りません、早く席に着いてください」


「……昨日はすいません、突然飲み会に誘われたもので」


「………………」


「あの……ねこさん……?」


この時、ようやくねこさんは振り向いてくれたのだが……


「……むーっ」


ほっぺたを膨らませ、(可愛い)眉が若干下がりなんだか不機嫌そうだった。可愛い。


「あ、えっ……と……」


「……忘れられたのかと思いました」


「……え?」


「我々SCP、といっても貴方達が勝手に付けた呼称ですが……とにかく我々SCPは、『知られていること』で存在を確定しているのです」


「知られている……こと……」


「我々は単体では非常に脆く弱い存在です。ですが、SCPとしてまとめて存在することで、そしてそれを人類が認知されていることでその力を発揮します」


「……」


「……貴方が、貴方がもし私を忘れたら……」


「忘れたら……?」


「貴方の中で、私は死んでしまうんですよ……?そんなの嫌です……」


そう語るねこさんの表情は真っ直ぐ俺を見つめていた、可愛い。


「ごめんねこさん、でも俺は忘れたりしないから、ね?」


「……ならいいです。早く注文してください」


恥ずかしくなってきたのか急にそっぽを向いていつも通りを装うねこさん。ツンデレ気質なのだろうか。可愛い。

そうして無事こっちを向いてくれたねこさんに、代金として昨日の飲み会の話をしてあげるのだった。



さて、不味いことになってしまった。

いや、もうとっくになっていた。ただ現実から目を逸らしこの事態を理解したくなかった。

俺はとんでもないミスを犯してしまった、下手すれば終了モノのミスだ。




どうやら、ねこさんを好きになってしまったらしい。




いやー……。あぁ……(絶望)

だって1日来なかっただけであんな態度とられたら好きになるだろう……恐らく……

ねこさんと出会って早半年程が過ぎていた。美人は3日で飽きると言うがそんなことは全くなく、季節の移ろいとともになぜか服装が変わっていくねこさんを見て(ちなみにこれも未知の手段らしい。さすがはSCPオブジェクト)女性として意識せずにはいられなかった。


……まあとりあえず今日もレストランへ向かおう。




「あの、ひとついいですか」


「……はい?」


食事中に突然ねこさんから声をかけられた。


「実は……」


なにか重大発表だろうか?


「実は……もう、このレストランは長くないのです……」


「……」


……


!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?


「え、いや、えっあっ、ええ!?」


「あ、お、落ち着いてください!その……どうやら実体化するエネルギー?パワー?が枯渇していて……むしろ半年もよく頑張ったとねこは思います」


よく考えたらそれはそうか……

半年間、俺に装備された小型カメラや音声記録装置、スクラントン現実錨由来の現実固定化小型装置、色々試したが結局「なぜねこさんは表れ、特にあの有名な異常性も発揮せず活動しているのか」は判明しなかった。

SCPオブジェクトも大義的に見れば(本当に限りなく大義的にだが)生きているものも多い。

ねこさんもその1人だ、慣れないことをすれば疲れていくのは当たり前だった。


「……いつ、ですか?お店が無くなるのは」


「……明日が最後になりそうです。ねこの直感ですが……」


急すぎん?


「そう……ですか……」




はあ、短い人生だった。

俺は覚悟を決めて翌日に備え眠りについた。



翌日、仕事が全く手につかなかった。大した仕事じゃなくて良かったが、これが新たに発見されたオブジェクトの調査やミーム汚染の除去活動だったら死んでただろう。危ない危ない。


そうこうしてようやく夜を迎えた俺はレストランへ足を向けた。


「……いらっしゃいませ」


「はい、ねこさん。来ました」


「……おタバコは吸われますか?」


「……いえ、大丈夫です」


「ではこちらへ……」


ああ、これはねこさんも初めて会った時のやり取りだ。未だに鮮明に覚えている。

初めてねこさんをみた見たときの衝撃。相手が異常な存在であることなど一息に吹っ飛んでただただその可愛さと美しさに惚れ込んで見蕩れたものだ。


「……ご注文はどうされますか?」


「じゃあ、ハンバーグステーキで」


「っ……かしこまりました」


俺も初めて来た時に頼んだメニューを注文した。その瞬間のねこさんは少し悲痛な表情をした。別れることを少しは悲しんでくれているのだろうか。


最後のレストランでの食事を終え、いよいよ支払いの時間。


「では……最後の話を、いいですか?ねこさん」


「………………」


これを聞いてしまえばいよいよ最後になる。そう感じたのか、ねこさんは中々こちらを向いてくれなかった。


「……ねこさん」


「……はい、聞かせてください」


よしきた、ここで俺は深呼吸をする。


「ねこさん」


「はい」






「好きです」






「…………………………ボンッ」


あ、ねこさんが爆発した。

顔はみるみるうちに真っ赤になり耳は激しくピコピコと動き、しっぽは左右にぶんぶん振られていた。


「な、な、な、にゃ、にゃ、にゃにを言ってるのですか!?わた、わ、私は……!」


だが、途端にねこさんは暗い表情を浮かべた。


「……私はScipです。SCPです。オブジェクトです。アノマリーです。貴方とは……貴方達人間とは相容れないのです」


「はい」


「私の能力を知っていますか?」


「はい」


「周りにも被害をもたらすミーマチックオブジェクトですよ?」


「はい」


「あ……あなたは……あなたはっ……財団の職員……ですよね……」


「はい」


「それなのに……それなのになんで!そんなこと言うのですか!!私は……!私だって……!」


「ねこさん僕ミーム汚染してください」


「……え……っ……?」


「僕はおそらく、もうじき終了されます。財団の手によって人生に幕をとざされます。仕方ないですよね、SCPに恋をした財団職員なんて危険存在でしかありませんから」


「そん……そんな……あの……」


「特に大きな出来事なんてありません。ドラマや映画のようなロマンチックな展開も、男なら1度は憧れる、ヒーローのようにねこさんを救ったこともありません。それでも好きになってしまったのです、貴方を心から。だからお願いします。ミーム汚染されて、最期にねこさんの幻影に見られながら息絶えたいのです。……ちょっと気持ち悪いですかね……?」


「………………はい、気持ち悪いです」


「うっ」


「でも……素敵です」


ようやく微笑んでくれた。

ああ、やっぱりその顔が一番可愛い。


その時、バタン!と大きな音を立てて扉が開いた。

そこには俺が所属するミーム部門の部長と、数人のスーツを着た中年男性達がいた。おそらくスーツの奴らはお偉いさんだろう。


「ねこさん!お願いします!急いで!」


「は、はいっ……あ、あれ……?」


「ねこさん!お願いですから!」


「い、いえ、違うんです、あの、あのっ」


「待ちなさい」


と、俺たちを制したのは部長。


「装置の確認をしなさい」


……装置?

ああ、今日はスクラントン現実錨由来装置(小型化に成功したのはつい最近らしい。俺はついているな)を持ち込んでいた。

……ん?


「気づいたかな?」


……なんだこれ

ねこさんと一緒に居るはずなのに、スクラントン現実錨は明らかに「現実」を指している。

ねこさんが近くにいる時、さすが異常存在といったところか、必ず装置は現実から離れた数値を出していたのだ。

それなのにも関わらず、だ。


「これは……」


「さっき、君のデスクのPCが、発生源不明の光に包まれ宙に浮かぶ事件が発生した」


「えっ……?」


「そしてその画面には、君が書いたSCP-040-jpの報告書が突如浮かび上がり、そして誰もキーボードに触れていないのに内容が改ざんされていった」


「い、一体何が……」


「後で読むといい。それと、O-5から君に直々の命令だ」


「……」


「通達を読み上げる。『今回の件、SCPオブジェクトに感情を支配され、非常に身勝手な行動に出たことを監視している中で確認した。よって緊急の命を下す。これより君は【財団日本支部ミーム部門上位研究職員兼ねこさんレストラン従業員】』の兼任を命ずる。1オブジェクトをここまで大事に巻き込んだのだ。激務となるだろうが当然君が拒否するとは思っていない。くれぐれも務めに励むように。確保・収容・保護(O-11)」





は???????






こうして俺とねこさんは(なぜか)一緒にレストランを経営することとなった。



そういえば、なぜねこさんが最後にミーム汚染出来なかったのか、そしてあの後どうなったのか。

それは以下の改ざんされた報告書を見て考えて欲しい。





SCP-040-jp オブジェクトクラス: Neutralized


中略


20××/×/××に発生した事件により、当SCPは無力化されました。

自身を見た者を、その大きな瞳と妖しい視線で見つめ続けその能力で数多の生物を苦しめてきました。

ですが、今の当SCPはとある青年だけを見つめ、また、とある青年だけに見つめられることを幸福としており、それを実感した結果無力化されたと考えられます。


現在は財団日本支部サイト-○○のコンテナでレストランを経営する形で財団職員として雇用されています。


ねこはもういません。れすとらんにいます。よろしくおねがいします。


以上

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