誘惑
「なあ、顔なしよ」
「顔なしではない。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ」
何度も何度も同じことを言わせるな……。
「魔王軍でもお前だけは話が分かる奴だ」
「……」
そこは否めないな。……たしかにその通りだ。
「俺たち勇者の仲間にならないか?」
「……笑えない冗談だ」
冗談じゃないのなら、いっそうくだらない。コメディーじゃなくなってしまうぞ。……ひょっとしてこれは、「逆世界の半分をやるから詐欺」にでも引っ掛けようとしているのだろうか。勇者には世界の半分どころか、土地百坪も持っていないだろうに……。いや、もしかすると土地ころがしで沢山持っているのか……。
モンスター討伐よりも楽に稼いでいるのか――。
「――あんたの実力なら、確実に魔王を倒せるんだろ。俺だって国王なら倒せる」
「馬鹿は休み休みに言うがよい」
剣に手を掛ける。ちょっと怒っているアピールをしなくては最近の若者は調子に乗ってどんどん喋りだす。
「だからあんたは馬鹿……。馬鹿……。馬鹿……。馬鹿なんだよ」
本当に「馬鹿」を休み休みに言いやがる〜! 軽はずみに馬鹿馬鹿言いよる~!
「調子に乗るな勇者よ。普段は穏便な私にも超えてはいけない一線というのがあるのだぞ。もうギリギリだぞ。あと数ミリかもしれんぞ」
しかし……剣が鞘から抜かれることはなかった……。
「褒美も休みも無しで。つまらない仕事ばかりさせられているのだろ? 」
つまらない仕事……。
――図星! ユニク□へ赤いダウンベストを買いに行く段取りを考えていた!
「……週七日働いている。月月火水木金金だ。冷や汗が出る。古すぎて」
「意味が分からない」
「……」
沈黙が続いた。
「勇者よ。貴様は人間どもの敵である……魔王様を倒し、その後どうする気だ?」
いったい何が欲しいというのだ。富か、名誉か、国王の座か。
「自由が手に入るじゃないか」
「ふん。魔王様や国王を倒した後、すべてのモンスターと人間が仲良く平和に共存していける世界が作れると言うのであれば、貴様の戯事にも少しばかり耳を貸すかもしれん。だが、私や貴様ごときが力だけでその地位に立つことになっても、次に訪れるのは今よりも酷い現実だ。人間同士、魔族同士が仲間割れをする酷い世界だ」
――貴様のような勇者には……誰一人ついていかないだろう。
……私にも同様だろうがな。
「魔王様が何故人間どもを一気に滅ぼそうとしないのか、考えてから物を申すがよい」
「人間とモンスターは共存などできない。俺は魔王を倒し、真の勇者になりたいのだ」
「貴様……」
「俺だけじゃない。人間はすべて自分のことばかりを第一に考えている。お前は魔王のために自分の命すら辞さない覚悟なのだろうが、人間は違う――。
すべての人間が魔王を倒して勇者という名のヒーローになり、ハーレムを手に入れたいと考えているのだ――」
――! すべての人間が魔王様を倒すだと――!
――魔王様が、何億と必要になるではないか――!
一人で十分お腹いっぱいだ。
「軽蔑するがいい……。だが、それを知ってもなお『モンスターと人間が平和に共存』などという夢物語を追い求めることができるのか? ――人間を滅ぼすことこそが、魔族にとって得策と考えないのか」
「……考えぬ。私にできぬことでも、魔王様にはできると信じている」
「ふん、甘い奴め。次に会う時は、もうお喋りはなしだ」
「……腕を磨いておくがよい」
口だけは達者な勇者め……。
一度部屋を出たが、もう一度そっと扉を開けて中を覗くと……また寝転がってポテチを食べていやがる……。
そして手に着いた塩や油汚れを……ベッドのシーツで拭いていやがる……。
なんか……無性に腹立つぞ……。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「いやいや、私は客じゃない。泊っていないぞ」
「なんだ」
……なんだじゃないだろフロントのお姉さん。首から上が無いモンスターが宿の中を歩いていて、「ありがとうございました」はないだろう……。
魔王様ではないが……もっとキャーキャー言って欲しいぞ。
宿を出たところで他の四天王が待っていた。
「どうだった」
「うん? ああ、赤いダウンベストで下半身半裸はどうだろう」
「……半裸はまずいだろう。絵的に」
「そんなことより、買っておいてやったぞ」
「なにをだ?」
ユニク□のダウンベストか?
「じゃーん。胸小さめの女子用鎧!」
「――!」
直視できないほど――可愛い! これを私にくれるというのか――! 恥ずかしくて自分では買うことができなかった、女子用の鎧――!
「この、ちっぱい好きめ!」
「変態ね」
「だー! それ以上喋るなと言いたいぞ!」
大きな胸の前で腕を組むサッキュバスには……この良さが分かるまい!
ベッドの横に……飾ろう。
いや、抱き枕にしようか……。寝心地が凄く良さそうだ。
そして毎朝、綺麗に磨こう。
さあ、早く帰ろう――。
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