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潜入調査


 宿屋へは裏口から侵入した。


 私以外の四天王は普通の服装をしていれば誰も魔王軍だとバレない。こんなとき、首から上が無いのが残念でならない。

「首から上があっても全身鎧を着たままじゃすぐに魔族ってバレるぞ」

「そうそう、宿屋の中では鎧くらいは脱ぐからな。普通は」

「フン、やめて欲しいぞ、その普通論」

 全身鎧を着たままで寝たり起きたり生活している人間も一人や二人はいるはずだ。


 二階へと階段を上がって行くと、バッタリ勇者一行の戦士に出会ってしまった――。

「お、お疲れ様ッス」

 首から上はない私の姿を上から下まで一度見る……。魔族だとバレたら……面倒だ。

「邪魔だ、どけ」

「すみません」

 階段の端に寄ると、丸刈りの戦士はなにもなかったように階段を下りていった。一階にある大浴場へ行くのだろう。自前の洗面器とタオルを持っていた。


 やはり汗臭い匂いがぷーんとする。毎日服を洗っていたとしても、鎧の革製の部分が汗臭くなったり、兜のおでこの当たる部分が黒ずんだりして臭うのだろう。


 戦士に続いて女僧侶も階段を下りてきた。同じように階段の端の方へ寄る。

「あ、すみません」

「どういたしまして」

 バレないかヒヤヒヤしているのは……ひょっとして、私だけなのか。首から上がないのだぞ? なぜもっと大騒ぎにならないのだ。

 ちょっと寂しかったりもする……。


 ようやく勇者の部屋に辿り着いた。

 宿屋の一階から二階に上がっただけなのだが、凄く長く険しい道のりに感じた。


「ここからは私一人で片を付ける。お前達は先に……宿の外へ避難していていくれ」

 片付けると言っても、勇者の装備品や服装を確認してくるだけだ。魔王様に怒られるから無駄な殺生はしない。

「えー、なんだよ、また一人だけ抜け駆けする気か?」

「私だけの方が都合がいい。見たくないだろ、勇者にサッキュバスがキスするところとか」

「……」

 黙るなと言いたいぞ。

「じゃあデュラハンじゃなくて、わたしと勇者二人っきりでいいじゃない。キス以外も奪ってあげるんだから……今宵は」

 口紅を付け直して「んまんま」しないでくれ――。

「素で言わないでくれサッキュバスよ。冷や冷やするから」

 間違いがおきて、もし勇者もその気にでもなったりしたら……歯止めが掛からなくなるから――!

 魔族と人間との「架け橋」的な「泥沼」ができてしまいそうだから――!

 PG12やR15の警告が鳴り響くから――!


 結局のところ、邪魔だからさっさとどこかへ行けと言いたいのだ。ここまでこれば後は一人でなんとかできる。一人の方が騒ぎが大きくならない。


「チッ、なんて協調性のない奴だ」

「美味しいとこばかり独り占めってやつか」

「あーあ。せっかく勇者を愚者にしてやりたかったのに」


 渋々と他の四天王は階段を下りて行った。せっかくだから城下町で買い物をして待っているそうだ。


 一人につき二千円ずつ手渡したのは……内緒だ。


 コンココンコン!

「どーぞ」

 いつもながら、危機感ゼロな奴め。

「チース」

 ところが、部屋の中に居たのは勇者ではなかった。勇者とは違う顔……。あれ、こんな奴、勇者一行にいただろうか。

 ちゃんと回数を声に出して数えながらベッドの横で腕立て伏せをしている。

「107……108! 終わった」

 壁際に長い弓と矢が立てかけてあるのに気が付いた。

「……なんだ、弓矢使いか。部屋を間違えてしまったようだ」

 勇者の部屋は201号室だったのか。ここは205号室だ。

「――貴様は! 魔王軍四天王の……顔なし!」

 イラッとするが、もう慣れた。

「宵闇のデュラハンだ。貴様などに用はない。邪魔をした」

 用があるのは勇者だ。しかも……大した用じゃない。


「――ちょっと待てよ!」

「なんだ」

 たった一人、しかも弓矢でこの私と勝負するつもりか? 飛び道具は狭い部屋では圧倒的不利なのに。


「……なんで俺だけチョイ役なんだよ!」

「……」

 弓矢使いだからだろう……とは言わない。言いたいことは分かる気がする。

 目立たない微妙な立ち位置――弓矢使い。弓使いでも狩人でも……どうでもよかったりする。

「俺だってもっと前に出たいんだよ、勇者や戦士みたいに。それか、派手な魔法で目立ちたいんだよ」

「無理だ」

 せめて……女子で短めのスカートだったら、もう少し人気が出たかもな。道着袴姿でも悪くはない。だが、男子では駄目だ。

「遠くからスナイパーみたいに敵をやっつけるのが……卑怯者みたいで嫌なんだよ。戦闘シーンに迫力がでないんだよ。そもそも、弓矢で魔王が倒されハッピーエンドになるような設定、普通はないだろ」

「ふざけるな!」

「――!」

 どいつもこいつも普通普通と普通論ばかり吐きやがる……。

「貴様は、『吟遊詩人』の勇者を見たことがあるのか? 歌って敵と戦うだと? ありえないと思わぬか?」

 ――なんて平和的な戦い方なのだ。魔王様の求める素晴らしき世界だ。

「――だが、誰一人なりたがらない」

 歌のトップテンかと問いたいぞ。冷や汗が出る。古すぎて。

「それよりはマシだろうが!」

「ま、マシですか? ……確かにそうですが、マシだから弓矢使いって……酷い!」

「泣くがいい。この世は容赦なく残酷なものなのだ」

 ポタポタ。

「今日来た理由は、萌え袖だ」

「――萌え袖?」

「貴様みたいな弓矢使いは、矢を放つ時、袖に弦が当たるから萌え袖はできないだろう」

 ……私と同じように。

「ああ。左手だけいつも半袖だ」

 ……ダサっ。

「邪魔をしたな」


 出口で立ち止まった。

「そんなに目立ちたいのなら……蜂の巣とかをわざと狙ってみてはどうだ」

「蜂の……巣?」

「ああ。スズメバチの巣とかに矢を放てば……敵味方関係なく大騒ぎになり、目立つこと請け合いだ」

「……」

「精進するがよい」


 またつまらぬ時間を過ごしてしまった。



 改めて201号室をノックした。


 コンココンコン!

「開いてるよーん」

「久しいな、勇者よ」

「き、貴様は、顔なし!」

「顔無しではない。何度言わせるのだ。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ」

「自己紹介多過ぎ」

「……」

 ――自己紹介しなくては誰も私のことをデュラハンと覚えてくれないからではないか~――!

「今日は貴様の人気の秘密を……じゃなく、しっかり勇者らしい事をしているか偵察にきたのだが……」

 ベッドの上で寝転がってポテチ食っていやがった……。

 風呂上りなのだろうか。ガウンで寝転がってポテチを食べてやがる――。しかも、乳飲料の甘い缶コーヒーがサイドテーブルに置かれている。太るぞと忠告したい。

「なんだその様は。落胆してしまうぞ――」

「貴様こそ、なにをしにきた!」

「うっ」

 お洒落泥棒だ……とは口が裂けても言えない。

「勇者の装備を見せてもらいにきた」

「……」

 部屋の中に選択紐を張り、鎧の下に着こむインナーなどが干してある。

 ピッチリしたインナーは……なるほど、胸元がわざと見えるように広めに作ってある。果たして男の胸など誰が見て喜ぶというのか?

「胸元より脇が開いていた方がいいのではないか? 脇がメッシュのアンダーシャツの方が絶対にいいぞ」

脇の下が汗だくになると匂うだろう。

「貴様、変態か?」


 ――一瞬で剣を抜き、剣先を勇者の喉元へと向ける。


「――変態ではない。宵闇のデュラハンだ」

「ご、ごめんなさい……」

 まったく。近頃の若者は口のきき方も知らぬようだ。剣を鞘へと収める。今更だが身の危機を感じた勇者が壁際をチラッとみた。自分の剣が置かれている場所を確認したのだろう。

「貴様の持つナマクラ刀ではこの私は倒せんぞ」

「なんだと」

「私の体は竜の牙よりも頑丈なのだ」

「……ああ、知っている。この前、狂乱竜に食われて吐き出されるのを見てた」


 ――見ていたのなら手伝え、あほ。


「刀で切れないのなら、自動車工場のプレス機ならどうだ」

 あー世界観壊れそう。確かにペシャンコになりそうだ。三百トンくらいありそうだから……。

「いったいなんだそれは。訳の分からないことを申すな! それよりも、魔王様にふさわしい服装を考えろ。さもなくば……」

「……切るのか?」

「笑止。こんなところで貴様などを切っては、宵闇のデュラハンの名が廃る」

 フロントのお姉さんに怒られてしまう。「部屋を汚さないで下さい!」と。最悪の場合、自分達で掃除しなくてはいけないかもしれない。


「魔王の服装なら……ユニク□のダウンベストだな」

「……!」

 そっち路線か――!

「ああ。あれが最強だろう。色は赤だ。そして下は裸だ」

「まて勇者よ。下半身裸ではモザイクが必要になってしまう」

 制約がかかってしまう! 上半身裸とは訳が違うんだ。センス以前の問題だぞ。

「あほか。シャツは着ないってことだ。胸元をがばっと見せるのだ」

 勇者のガウンからも……胸元が見えている。

 胸毛などは一切ない。生えていないのか、脱毛しているかのどちらかだろう。


 しかし……魔王様は肉体美とは程遠く、むしろお腹のあたりが可愛らしいポッチャリ系だ。

 ――赤いちゃんちゃんこを着たおじちゃんになってしまうかもしれない。


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