偵察
「お前が中でイチャイチャしている間に俺達だけで色々と考えたんだぜ」
「イチャイチャとか言うな、ソーサラモナーよ」
抜くぞ、剣を。
「勇者一行が人間界ではダントツお洒落らしい。魔王様が言っていたナウでヤングってやつだ」
「なに?」
あのヘタレ勇者一行が、お洒落だと――。許せん……。キャーキャー言われるのは魔王様でなくてはならないのだ。そもそも魔王様が「ナウでヤング」とか言っている時点でキャーキャー言われるだろう。
「その情報は本当なのか?」
また、軽い感じで私をハメようとしているのではあるまいな。
「ああ、この前に勇者一行を遠目で見たのだが、女魔法使い……あの子の三角帽子が滅茶苦茶可愛かったんだ――」
三角帽子が……可愛いだと? 個人的主観か。首から上が無い私にとって三角帽子は……羨ましいだけだぞ。
「そうそう、俺も思い出した! ああ~もう、かーわーいーいっ!」
声に出して両手を胸の前で組むなサイクロプトロールよ。気色悪いッ!
「はあ? あんな小娘のどこが可愛いのよ」
素直に嫉妬するなサッキュバスよ。世間では露出度の多いキャラはそれ以上露出できなくなった時点で人気止まりになるのだ。
魔法使いの小娘に……作戦負けだ――。伸びしろがタップリある。
「だから、ちょっと今から偵察に行かないか? 勇者一行を」
偵察と盗撮を間違えてはならない。
「行こう、行こう」
サイクロプトロールも凄く乗り気だ。
「いいわねえ。わたしの美貌と妖惑の力で勇者の聖剣エクスカリバーが二度と使い物にならないように先っぽを引っ張って結んで……」
「やめんか!」
なにが聖剣エクスカリバーだと突っ込みたくなるぞ!
すっごく四天王の個人的な欲望や恨みを感じてしまうが、魔王様に似合う萌え袖以上の衣装が見つかっていないままでは帰るに帰れない。人間達は魔族にはない独自のファッションセンスがあり、その中には魔王様に似合う衣装もあるのかもしれない。
「仕方ない。勇者どもの動向を監視しておくのも四天王の仕事だからな」
「そうこなくっちゃ。瞬間移動!」
魔法を唱えるのが早過ぎるのも……なんか嫌だ。
日没が近付き、空は茜一色に染まっていた。北の洞窟や魔王城よりも南に位置する人間どもの城下町は、温かくて住み心地が良さそうだ。
城下町は高い城壁で守られており、今日も平穏だ。魔王軍四天王が瞬間移動してきている緊急事態に誰も気付いていない。もし私達がその気になれば、一瞬でこの城下町は魔族に占拠されるだろうに。
ちょうど勇者一行の馬車が宿屋の前に到着したところだった。辺りを警戒しながらゆっくりと近付いていく。
辺りからは夕食の良い匂いが漂ってくる。この匂いは……おでんかカレーだな。
「お疲れ様です。勇者一行の魔法使いさんですか?」
――こらこらサイクロプトロールよ、一般人のフリをして喋りかけるな! 街頭インタビューかっ!
「はいそうですよ。サインなら宿屋で買って下さいね」
三角帽子を深めに被りアイドルのような笑顔を見せる女魔法使い。キュンキュンしてしまう。戦いから帰ってきたばかりのはずなのに汗一つかいていない。まったく疲れた顔をしていないぞ。
むしろ私達の方が疲れ果てた顔をしているのかもしれないぞ――。
サイクロプトロールは財布をポケットから出して小銭を数えている。サインを本気で買って帰る気なのだろう。二つ折りの財布にお札は入ってなさそうだ。
「分厚いローブですね。この季節、洗濯しても乾くのかい?」
ソーサラモナーに喋りかけられると、魔法使いは少しだけ離れた。埃臭い灰色のローブの怪しさに、思わず身の危険を感じたのだろう。正しい判断だ。
「あ、あなたも魔法使いさんですか? ローブはなかなか乾かないから洗い替えを沢山持っているわ。あはは。この季節はお互い大変ですよねー……」
少しずつ離れていくのが上手いぞ。小さく手を振っているのも上手いぞ。
「でも、ローブって洗濯して乾燥機に掛けると縮んじゃうでしょ」
うわー、言いながら距離を縮めていくソーサラモナーが怖過ぎるぞ! ひょっとすると接近戦で最大の力を発揮するタイプなのだろうか。
「縮んだらまた国王様に買って貰えるから大丈夫ですわ。スポンサーもたくさんいますから」
「なるほど。羨ましいですね」
ソーサラモナーの目つきが……キモくて危ない。まさに魔族の鏡! 人間の敵!
「だから、宿屋もコインランドリーがないところは論外ね。それじゃさようなら」
逃げ出すように宿屋に入ろうとしたところへ、
「さすが勇者一行の魔法使いね。ローブからもいい匂いがするわ」
「……?」
――!
さっきまで隣にいたサッキュバスが一瞬のうちに魔法使いの隣に移動している~!
「この香りは男を虜にする香水かしら。それとも、レアナ柔軟剤? やっぱり匂いは大切よね」
「――! あ、あなたは、ひょっとして、キス魔!」
サッキュバスがちょっとイラっとした顔を見せる。片方の口の端だけがクイっと上がったが笑顔は絶やさない。
「魔王軍四天王のサッキュバスよ~。キス魔じゃないわよ~」
いや、自他共に認めるキス魔だろう――。
「騒ぐんじゃないわよ。もし騒いだら……お嫁に行けないようなことしちゃうわよ~」
――だから! 滅茶苦茶怖いぞサッキュバスよ! 鳥肌が立つ……全身鎧なのに。
「……ごめんなさい……」
半泣きの魔法使い。そして素知らぬ顔して宿屋へ先に入っていく勇者や戦士や僧侶達……。
ひょっとすると、女魔法使いの人気を好ましく思っていないのかもしれない。
ファンに囲まれているのが歯痒いぜ……程度に思っているのかもしれない。
仲間に見捨てられた女魔法使いは、サッキュバスに何度もベロチューされて放心状態になっていた。可哀想過ぎる……。魔法使いの小さな顔に、頬から顎にかけて真っ赤な口紅がべっとりと付けられている……。
我らは魔族なのだから、人間どもを力と恐怖で絶対服従させ、魔族の世界を作るのが目的のはずなのだ。でも、サッキュバスのやり方は……ちょっと違う気がする。
やり過ぎた。
願わくは、女魔法使いがサッキュバスのような性悪女にならないことだ……。
キス魔って……ドラキュラより質が悪いぞ。
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