血塗られた過去
「デュラハン様って素敵な方ですね」
メデューサが上目遣いで呟いた。
「……」
なにを突然言いだすのかと思えば……。そっと前髪を整える。首から上は無いのだが。
「お互いに知り合ったばかりだ。逆に聞くが、私のどこが素敵だというのか」
この鎧か? 毎朝、有機溶剤をウエスに染み込ませて拭いているからピカピカなのだ。他の四天王からは「ラリってんじゃねーのか」などとバカにされる。揮発性のある有機溶剤はシンナーのような匂いがするらしいのだが……。
――首から上が無いからツンとする臭いが分からないのだ!
「いいえ、デュラハン様、ハンサムですわ」
――!
まさかの恋愛脳! 私は首から上が無いのだぞ――!
見つめ合って石にされたモンスター達が気の毒になってしまうぞ。
あ! だから他の四天王が「苦手なタイプ」と言ったのか……。私はどれだけ見つめ合っても平気だと思うが、「思う」や「だろう」で数百年以上も石にされたらたまらないぞ――!
そもそも見つめ合うって感覚が……分からん。首から上が無いのだから……。
「あ……ああ、ありがとう。気持ちは嬉しいのだが……」
視線を逸らし、できるだけメデューサの顔を見ないようにする。
「わたしじゃ駄目ですか」
急に立ち上がって距離を縮めてくるメデューサ。サッキュバスとは異なり悲し気な澄んだ瞳が……ヤバさを感じる~、また見てしまったぞ。チラ見してしまったぞ!
この部屋の壁際は、よく見ると数多くの石化された人間やモンスターがぎっしりと置かれていたのだ――。横向きに倒してある物もある。重ねて奥の方に追いやられている石像も多々ある。床には引きずった跡も沢山ある。
せめて……目に付くところから片付けておいて欲しいぞ……。近くのホームセンターや燃えないゴミの日に引き取って貰えるかもしれないぞと進言したいが……。女の子が石像を背負って洞窟内を何時間も歩けるはずがない――。
「メデューサよ。私には首から上が無い」
「見れば分かります」
……。
これだけは言いたくなかったのだが……好きになられては困るのだ。いろいろと。だからメデューサの気持ちには応えられない――。
「ごめんメデューサ! 私は見てしまったのだ。君が魔王城一階の美容院で……、
髪を切るところを……」
「――!」
メデューサの髪はすべて蛇だ。美容院に座るその後ろ姿だけでメデューサだと直ぐに気が付いた。
美容院ではその蛇の髪の毛をハサミでチョキチョキ切り落とすのだ。
――いやいや、チョキチョキなんて可愛らしい音でたとえたが、本当はベトベトと蛇の首から上だけが切り落とされ、床でシクシク泣いているのだ――。私も首から上は無いのだが、あの光景だけは目に焼き付いて離れないんだ――。
「見て……しまったのね」
「……ああ」
それどころか、首筋のあたりは……、
「バリカン入れていいっスか」
「ええ、お願いします」
ウイィーン、バリバリバリ……。
バリカンが……今世紀最強最悪の凶器に見えた一瞬だった……。美容師も……慣れた手付きだった。床一面、血みどろ……蛇の頭で。
「でも、また生えてくるのよ。そしたら毛先だって、ほら、元気な蛇になるのよ」
「……うん。まあ……」
そりゃ……見れば分かるのよ、とは言わない。
「それとも、わたしは他の女子みたいにヘアースタイルを変えちゃいけないの? ショートボブにしちゃいけないの?」
「いや、そうは言っていない……」
メデューサの毛先の蛇が……皆こちらを睨んでいる。
悲しい瞳で睨んでいる――。
いつか切り落とされることを覚悟した瞳だ――泣きそうになる。
「だったらお願い、わたしはもう一人は嫌なの。寂しいのよ――」
「いや、君には沢山お友達がいるじゃないか。蛇とか石像とか」
慌てて下手な弁解をする。ここはヤバいぞ――。逃げ出さなくては――。
「それじゃ駄目なの。デュラハン様もわたしと一緒に暮らしてよ――、
――石になって永遠にわたしと一緒に暮らしましょ――」
カッ――とメデューサの両目が真紅の閃光を放ったのを直視してしまった――。光の残像が目に焼き付く――!
まるで写ルンダスのフラッシュを直視してしまった時のようだ――。冷や汗が出る、まだ売っているけれど……。
でも、なにも起こらなかった。目の錯覚だった……。
「すまない。私には魔法が効かない。そして見た通り首から上が無いから、君の石化する睨みも効果がないみたいだ」
「……そんな……」
急に力が抜けたようにしゃがみこむと、しおらしく背を向けてスンスン泣き始めてしまった……。
「出て行って……ください」
……こんな時、どうしたらいいのか分からなくなる。
「今すぐここから出て行って――」
「……すまなんだ」
「……」
洞窟の中に小さな泣き声と鎧で歩く無骨な音が響き渡った。メデューサはこれからもずっと一人ぼっちなのかと考えると、ただ可哀想だなと思ってしまう。
部屋の出口で足を止めた。
「また来ても……いいか。私なら石にはならないから、話くらいはできると思う」
「……」
背中を向けたまま小さくコクリと頷くメデューサから哀愁が漂っていた。サッキュバスにはない美しさと……怖さを知った……。
って言うか……なにをしているんだ、俺は。 ひょっとして、何かしらの腹線ってやつだろうか。
いや、伏線だ。腹の線でどうするのだ。
洞窟から出ると、他の四天王が魔法陣で仮設テントを作り、寒さから身を守っていた。長時間待っていてくれて嬉しいのだが……他にすることはなかったのだろうか。
「おお、無事だったのか」
「……ああ」
無事なものかと言いたいが、おかげで他の四天王がメデューサに近付きたがらない理由だけはよく分かった。
「面倒くさい娘でしょ」
「……」
面倒くさいで片付けないで欲しいぞサッキュバスよ。悩みは十人十色……十モンスター十色だ。皆が独特の悩みに頭を抱えているのだ。
私だって、頭を抱えたくても抱えられないことに頭を抱えているのだ――。でも抱えられないから永久ループになり、さらに頭を抱えているのだ――。
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