メデューサの洞窟
「なぜだ――。なぜ私が一人でメデューサと会わなくてはならないのだ。その理由を教えて欲しいぞ」
辛い過去を思い出せとでもいうのか。
ソーサラモナーの瞬間移動の魔法でメデューサが住み着く北の洞窟へと来ていた。周りは雪が降り積もり、石でできた洞窟の入り口は立っているだけで寒気がするほど寒い。
洞窟はかなり深そうで、奥の方は真っ暗だ。照明なんてありはしない。
ハッキリ言って、入りたくない感が満載だ――。
一度入ったら出てこられない感が満載だ――。
「いや、メデューサはお洒落だから魔王様の新しいナウでペヤングなファッションが見つかるかもしれないだろ。すべては魔王様のためじゃないか」
「そうそう、魔王様のためなんだぞ」
「……」
魔王様のためと言われると……断れないのだが、――もっとマシな嘘をつけと言いたいぞ。そんなに四天王を三天王にしたいのか。それとも、バランス的にもう一人女性の四天王を入れたいのか?
――だったらお前らこそ中に入れと言いたい!
「メデューサは物凄い美人らしいぞ。デュラハンが羨ましいぜ」
……。
「なあに、石になったら俺達がなんとかしてやるさ」
なんとかだと?
……マネキンとして魔王様の玉座の間に飾ってくれるのだろうか……。魔王様のそばでマネキンとして一生役に立てるのなら……。
アリかも。
「早く戻ってきてね。寒いから」
「生きているのさえ分かれば長居するんじゃないぞ。寒いから」
「ランプのオイルがなくなる前には戻って来るんだぞ。寒いから」
とっとと帰れ。とは言わない……。そんなに寒いのなら一緒に入ってこいと言いたい。
小さなランプを手渡され、洞窟の入り口から中へと入った。
雪が降り積もる外より……生暖かい。手にしたランプの小さな光が鎧に反射し、洞窟内に奇妙な模様を映し出す。
今日も鎧を綺麗に磨いてきてよかった。やはりお洒落の基本は清潔感なのだ。
……どれだけ歩いただろうか……。ざっと、四時間くらいは歩いた。途中でランプの火が消えたから、真っ暗な洞窟内の岩肌を手探りで風が吹く方向へと彷徨い歩いた。
足が重い。何度も頭や体をぶつけ、ようやく奥の部屋へと辿り着いた。灯された炎の暖かさにホットする。迷子はもうたくさんだ。
「――だれ?」
「怪しい者ではない。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ」
「デュラハン……様、こんにちは。メデューサと申します」
「ああ、こんにちは」
なんか、予想していたのとぜんぜん雰囲気の違うモンスターだった。
何人もの人やモンスターを石に変えてしまう怖ろしい子には見えない。目がクリっとしていて可愛いし、服装もサッキュバスのように露出重視ではなく、いかにも清楚感が溢れる襟付きの白いシャツだ。カーキ色のフレアスカートはもはや犯罪的な可愛さで、お洒落の噂はまんざらでもない。
洞窟の奥底に引きこもっているのが勿体ない。せっかくのお洒落がなんぼの役に立つのだろう。
部屋着にタキシードを着るようなものだ。
風呂上がりにビールを飲むようなものだ。
「君はずっとここに居るみたいだが、一人でなにをやっているんだい」
「なにって……漬物を漬けているのですわ」
大きな木の樽の上に石像が乗せてある。
ひょっとして、石像を漬物石に使っているのだろうか。悪趣味だ。
「タクアンとキュウリを漬けているの」
「タクアン?」
「やだ、デュラハン様ったら、タクアンを食べたことないの?」
「あるあるある」
黄色い大根だろ。だから石像をどかそうとしないで――。別に漬物を食べにきた訳ではないのだから。
「漬物が好きなのかい」
「それほど好きじゃないわ」
「……」
理解に苦しむぞ。
「……実はわたし、小さい頃に漬物石屋の老夫婦に拾われたんです」
――漬物石屋の老夫婦に拾われた?
メデューサには辛く切ない過去があったのだ。洞窟内はタクアンの匂いが漂い始めた。
遠い昔、漬物石屋に拾われたメデューサの悲劇……。
幼い頃に両親をなくしたメデューサは、人やモンスターを一瞬にして石にしてしまう強力な力があり、その血が禍々しいとされ周囲から怖れられていた。そんなある日、心優しい漬物石屋が見るに見かねてメデューサを保護し、一緒に暮らし始めたのだが、漬物石屋の魂胆は見え見えだった。
珍しい漬物石を売って儲けてやるぞ、ヘッヘッヘ。
「……なんと分かりやすい設定なのか」
頭が痛くなりそうだぞ。
漬物石屋は、メデューサの力を使い、たくさんの人やモンスターを次々と石像へと変え、それを売りさばいて大儲けをした。魔王城門の両端に飾ってある大きなガーゴイルの石像も、実は本物をメデューサが石にしたらしい……。
買うなよ。仲間だろ?
ところが、漬物石屋はどんどん欲深くなり、メデューサに次々と難しい注文を言いつけるようになった。
「ちょっとは可愛らしいポーズの石像も仕入れてきなさいよ」
「……はい」
笑ったところを石にするのは難しそうだわ。
「ドラゴンの石像は高く売れるそうだぞ」
「……はい」
ドラゴンを石にするのは難しそうだわ。
漬物石屋は毎日飲んで遊ぶ日々を送るようになり、メデューサは増え続ける依頼にやがて嫌気がさした……。
「そしてわたしは……」
小さな肩が……小刻みに震えている。……私の肩ではないぞ。
「それ以上は言わなくてもいい」
聞かなくても……分かる。恐らく漬物石屋の二人が石になってタクアンとキュウリを漬けているのだ。ずっと昔から……。
そしてこれからも……。
どうせ……。石化の呪いはメデューサの命が尽きれば解けるのだ。メデューサなどのモンスターは寿命が桁違いに長いのがいささか気の毒と言えば気の毒だが、自業自得ってやつだろう。タイムスリップってやつを楽しんでくれればいい。
「メデューサよ、君の力はよく分かった。そこで一つだけ質問なのだが、大昔に女神を石にした記憶はあるかい?」
「昔のことは忘れてしまいました」
「……」
……長寿のモンスターは大体がそう言い訳する。何百年、何千年も生きていれば無理もない話なのだが、記憶とは自分にとってが都合いいように出来ている。「記憶にございません」作戦だ。
楽しかった思い出や腹立たしい記憶だけは忘れることはない。……お吸い物のアサリが砂を噛んでいた記憶を忘れないのと同じか……。
「あ、……でも、女神や魔王様などはきっと『ラスボスのスキル』があるはずですから、そういった一撃必殺系の呪いや魔法は効力がないと思いますわ」
「なるほど」
納得してしまう。ラスボスのスキル。略してラスボスキルか?
四天王には……ないだろうなあ……ラスボスじゃないから。
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