魔王様、なぜ萌え袖なのですか
「なぜだ――ではない。これのどこが萌え袖だというのか……というか、えっ? 萌え袖って……」
豪華絢爛な装飾が施された金銀亜鉛メッキの玉座から立ち上がり、魔王様が両の腕を左右に伸ばすと……袖口から少しだけしか指が出ない。
黒紫色の重く分厚いローブの袖口からは、指の第二関節から先しか出ないのだ。
「少し大き目のローブから指先だけが少し出るのが萌え袖にございます」
魔王様はもう一度両腕をピンと伸ばし、袖から指先しか出ないのを確認する。何度確認されても同じにございます。
「うぬぬぬ……デュラハンよ。仮にもしこれが卿のいう『萌え袖』だったとしても、それが何故いけぬのか、理由を申してみよ。予は魔王――魔族の王なのだぞ。四天王よりも偉いのだぞよ?」
コツコツと魔王様の木靴の音だけが広い玉座の間に響き渡る。
「御意。しかし魔王様」
「……しかしではない! 以前口答えをするなと申したはずだ。ぜんぜん『御意』ではないではいか、プンプン」
プンプンと言わないで欲しいのだが……そうだった。前回、反対意見を言うのが早過ぎると指摘を受けたばかりだ。
「ははあ! そうですね。さすが魔王様ですね! しかし――」
「……」
魔王様は袖から少しだけ出た指先で袖口をキュッと握りしめていて、怒っていらっしゃる……のだが、ぜんぜん威厳が感じられない……。
一般常識では、魔王様が可愛くては駄目なはず。もっとこう……ドス黒く腹黒く悪の権化でなくてはならないハズなのだ。
萌え的な怒り方に……好感を覚えてしまう! ――ダメだダメダメ!
「常日頃より『服装の乱れは風紀の乱れ』さらには『魔王城内はポケテ禁止』『シャツは必ずズボンにイン』などの決め事をなされたのは魔王様ご自身にございます」
さらには魔王城内に手書きのポスターが階段や廊下やトイレの手洗い場など、いたる所に貼ってある。白い紙が少し茶色く変色している年季の入ったポスターもある。全身鎧姿の私や、スライムなどの裸系のモンスターにとって、どうでもいい決め事をなされたのは、
――魔王様ご自身にございます。
「確かに予はそう言った。服装がきちんとしていないモンスターは見た目で馬鹿にされてしまう。ズボンとシャツを間違って穿いているケンタウロスを何人……いや、何頭……どっちでもいいや、何匹も見てきたのだ」
ズボンとシャツは間違わないだろう……たぶん。前足にはズボンだろう……。
「さらには、ポケットに手を入れて歩いて僅かな段差で躓き転倒し、咄嗟に手が出せずに鼻を打ち、鼻血をダラダラ流す愚か者も後を絶たぬ」
……それは魔王様にございます。とは言わない。いや言えない。
「シャツをズボンに入れないのを……いったい誰が最初に流行らせたのか! シニア世代には通用しない御法度なのだぞよ。祖父母が何度も何度も何度も『シャツが出ていてだらしない!』と呪縛のように指摘し続けるのだぞよ」
シニア世代に御法度……? くっ、未熟な私には意味が分からないのだが……。
「さようでございます。――なればこそ! そのような決め事をされた魔王様が自ら萌え袖などをされていては、示しがつかないではございませぬか――」
魔王軍の皆が萌え袖を真似してしまいます! 特に年頃のJKグールなどが、ダラダラと集団で足を引きずって歩き、指先だけ袖から出して「ポッ」と赤くなりながら勇者や人間どもに襲い掛かりますぞ――ガブっと。
モンスターとして、ぜんぜん強そうに見えませぬ――! いや、でも逆に怖いのか?
「では聞くが、ピッチピチのランニングシャツを着た魔王が今までにいたか?」
プッと吹き出しそうになり慌てて口を押さえた。
「……おりませぬ」
私は魔王様以外の魔王について存じませぬが……。
「さらには、半ズボンを履いて麦わら帽子を被っている魔王が今までにいたのか?」
「……おりませぬ」
あー、海賊の王はいるのかもしれませぬ。
「であろう。ちょっとくらい大きめのローブを着ているのが普通であり、スタンダードなのだ」
……普通でありスタンダードか……言われてみれば、そうなのかもしれない。
上下お揃いのピッタリジャージ姿の魔王様も……見たら吹き出してしまうかもしれない……。さらには上下お揃いのはずが、上がアシ〇クスで下がナ〇キのジャージだったら、より一層吹き出してしまう。いや、下がアシ〇クスで上がナ〇キのジャージでも同様だ。
統一感なしとバカにされてしまう――。
もしも魔王様がジャージ姿でジョギングをしているときに勇者一行と出会ったりしても、健康意識が高いのだなあと感心される程度で、
――ぜんぜん恐そうには見えない。
つまり、
――魔王様が威厳を保つためには、黒もしくは紺色系の大き目ローブ以外には……ないということか。
「予もまだまだこれから成長期を迎えるのだ。少し大きめのローブを着ていてもよいではないか」
――?
お父さんが大きいからあなたも中学生になったら大きくなるわよと言われ、ぶっかぶかの制服をあてがわれる中学生説……。大きくなってもメダカはメダカ説?
ひょっとして魔王様……厨二病?
「いやいや、魔王様の成長期は既に終えているでしょう」
反抗期は継続中かもしれませんが。
ポカリ!
「いたい!」
頭を叩かないでって、いつも言ってるよね! 暴力反対って、いつも言ってるよね!
首から上は無いのだがって、いつも言ってるよね――!
「勝手に決めるでない。予はこれからも伸び続けるのだ」
「はっ、失礼いたしました」
ここ数十年……魔王様の身長が一ミリたりとも伸びていないのは知っている。
毎年五月五日が憂鬱になるのだ。柱の傷……背伸びをして少しずつ高くなっていることにするのにも限界がある。建築業者に頼んで柱をバレないように少しずつ床に埋めているのにも……もはや限界がきている。床から5センチのところに最初の傷があるのだ。それはもはや――赤ちゃんの身長でもありえないのだ!
新しい柱と交換する計画も水面下で着々と行っている――。
「それに、大き目のローブをまとっているのは、予だけではないはずじゃ」
「はっ」
四天王の一人、聡明のソーサラモナーもゆったりめのローブをまとっている。埃臭いモーフのような灰色のローブだ。
「魔法使いは大抵が大き目のローブをまとっておる。人間の国王も大き目のローブをまとっておる。つまり、オーバーサイズこそ世界の一般常識なのだ」
魔王様のドヤ顔が……いささか歯痒い。
機敏な動きを余儀なくされる騎士や戦士には、大き目のローブを着る魔法使いや僧侶、JKの考えなど理解できないのだ。トイレに行った後、手を洗う時に袖口が濡れてしまうではないか――。腕まくりすると寒いではないか――。私の両手は銀色のガントレットだから関係無いのだが……。
「もしやデュラハンよ、卿は自分が鎧を着た騎士だから、服装や萌え袖に嫉妬心をいだいているのではないか?」
――嫉妬心? 萌え袖に?
……御冗談を。
「そんなことは……ございません。私は生まれた時からのこの姿ですが、一度も服などというものを着たいと思ったことはありません」
生まれた時から全身鎧姿。当然だがこの姿のまま眠る。この姿のまま生まれて成長した過程は……深く考えると怖ろしい。
生まれたままの姿……金属製の鎧で過ごす朝昼晩。そして翌朝……。
真夏の直射日光の焼けるような熱さ……。冬の凍えるような冷たさ……。
「パジャマやネグリジェなど……着たいとも思いませぬ――」
「ほっほっほ。卿の怒りを強く感じるぞよ」
魔王様は勝ち誇った顔をされるのが……歯ぎしりをするほど悔しい~! 首から上は無いのだが――ギシリギシリ!
「その怒りこそが我らの強さの根源となろう。さて、それでは皆の服装チェックしに行くとするか」
……?
「さっき、服装の乱れは風紀の乱れ、お洒落は足元からと卿が言ったではないか」
「――はっ!」
魔王様が玉座から立ち上がられた。一日中ずっと玉座に座っているとエコノミークラス症候群になるらしい。
今日も暇なのだ。毎日が暇なのだ。
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