四話『希望と花の街』
アイリスは“希望と花の街”と呼んでいたが、確かにその通りだと一星は感じた。
街の門をくぐれば道路?(舗装されているように見える街道)の両端にたくさん置かれている鉢植えに無数の種類の花が色鮮やかに咲き誇っている。よくよく見てみれば、見たことのない品種の花ばかりだった。
(…………確かに、花が綺麗な街だな、)
街道を走る竜車から見える街の景色はどこを見ても必ず花が見える。
「どう? 綺麗な街でしょ⁉︎」
隣で元気よく問いかけてくるアイリスに、一星は街の景色から目が離せないまま答えた。
「…………うん、本当に綺麗な街ですね……!」
「えへへー! ありがとうハルト!」
「…………?」
まるで自分が褒められたかのように喜ぶアイリスの様子に首を傾げる一星だが、自分の故郷を褒められるのは良い気持ちなのだろう。
(…………自分の、故郷、)
一星晴翔の生まれた場所はこの世界ではない。
この世界から見た異世界こそが一星の本来いるべき世界で、偶然、何らかの奇跡が重なって一星はこの世界にいる。物語としてはありきたりだが、ここで一つの疑問が生まれる。
(俺は、向こうの世界に帰れるのか……?)
もう、これが夢ではないことは理解した。
それでも、何も準備無しで、誰にも何も言うことなくこの世界に来た身としては向こうの世界でやり残したことが多すぎる。まだ成人どころか十八年しか生きていないのだから。
何はどうあれ、帰れるのなら帰りたい。
(……正直、こういうものに憧れはあるものの実際に体験したいかと言われるとしたくはないんだよなぁ)
一星晴翔は冒険どころか喧嘩だってまともにしたことがない。
むしろこういう展開ならば『何かしらの特殊な能力』的なものがあるのが定石らしいが、今のところ一星のそれらしいものはない。
戦う力が皆無なのは今までと変わらない。
(とてつもなく嫌な予感しかしない)
しばらく竜車の揺れに身を任せていると目的地に着いたのか停止した。
「ほら、着いたぜ二人共!」
操縦していたゼファーの一言で立ち上がる。
先に降りたアイリスが竜車から降りて背筋を伸ばしている。アイリスに習って停止した竜車から降りようとした一星は、こんな声を耳にした。
「お帰り〜お兄ちゃん!」
「おおっ! お出迎えありがとな‼︎」
ティトスと同じ青髪の小さな少女が小走りで駆け寄って来た。その少女を見てティトスも嬉しそうに微笑んでいる光景を竜車から無事に降りられた一星が見ていると、隣に来たアイリスが教えてくれた。
「あの子はティトスの妹のティーゼちゃんだよ。似てるでしょ?」
「あー、妹。確かに、言われてみれば面影あるかも」
笑った時の表情やしぐさなどにティトスの面影を感じる。
小さな青髪少女ティーゼは一星を見ると首を傾げた。どうやら知らない人がいるようで戸惑っているらしい。
「ティー、この人はさっきの探検中に出会ったんだ」
「一星晴翔です。アイリスさんに危ないところを助けられて、その後ティトスさんに出会ってこの街までご一緒させてもらいました」
「え、えーと、てぃ……ティーゼ・ガロンです! よろしくお願いします!」
「よ、よろしく、ティーゼちゃん」
「ははっ! 仲良くなれそうで何よりだ。それにしてとハルト、俺のことは呼び捨てで構わないぞ? 歳は同じなんだし、気楽に行こうぜ」
「うぐ、も、もうちょっと時間をくださ、くれ」
そんな一星の様子に明るく笑いながらティトスは竜車に積んだものを下ろしに行った。
それと入れ替わりでアイリスがやって来た。
「ふー、私の方で街への報告は終わったから後はティトス待ちだね」
「報告って、何を報告したんですか……?」
「外の様子かな。魔物の数とか、草原の様子とか、異常がないか確認して来たことの報告をね」
そんなアイリスの裾をちょんちょんと摘んでいるティーゼに近づいた彼女は、しゃがんで同じ目線になった青髪の少女を抱きしめた。
「み、みぎゃあ⁉︎」
潰れたカエルみたいな声を出すティーゼと、
「ただいまティーゼちゃぁぁぁぁぁんっ‼︎‼︎」
ペットによしよしするみたいに抱きつくアイリス。
悪意がないというのは分かっているが、ティーゼが嫌がってそうなので助け舟を出すことにした。
「そ、そのくらいで、今ティーゼちゃん何か言いたそうにしてましたよ?」
「むむ、どうしたのティーゼちゃん?」
わしゃわしゃから解放されたティーゼはアイリスの抱擁から抜け出すと一星の背中に隠れる。そこから顔をひょっこりと覗かせながら、控えめに言った。
「ハルトさん、今日はどこに泊まるの?」
「………………………………………そうだった」
自分の問題だった。
すっかり忘れていた。
確かに、街に着いたはいいが基本的には一文無しの迷子の異世界人であることに変わりない。
(…………ど、どうする……、野宿か? 野宿するしかないのか? レッツキャンプか?)
「お前らどうしたんだ?」
どうするか真剣に悩んでいると、荷物を下ろし終えたティトスが戻ってきた。
事情を説明するとティトスは「ふむふむ」と言いながら何か考えている。
ちょっとだけ期待できるのでは、と心の中で考える一星。
(これは“良かったら俺の家泊まる?”展開になるのではないか?)
しかし、ティトスはこう言った。
ある意味で一星にとっては野宿よりもレベルが高いことを。
「アイリスお前の家に泊めてやれば?」
「良いよ」
「え……………?」
即答だった。
呆然とする一星の様子にアイリスもティトスもきょとんとしている。
「い、いや、嫁入り前の女の子の家に男が泊まるなんて良くないだろ⁉︎ 俺が悪い奴だったらどうするんだよ⁉︎」
「よ、嫁入り前の乙女だなんてちょっと照れるね!」
嬉しそうに頬を染めている場合ではないぞ少女!
そう言いたい一星だったが、
「ハルトは悪い奴じゃないだろ。俺、人を見る目は自信あるんだぜ?」
「うん。私も全然大丈夫だよ!」
「……………………、」
結局、上手く言いくるめられてしまった一星晴翔。
その様子を同情の目で見てくるティーゼだけが唯一の彼の理解者だった。
「ま、アイリスの家はバカ広いから部屋も有り余ってるだろ!」
「ふふーん! しかもきちんと掃除もしてるからどの部屋も清潔だよ」
もう完全にアイリスの家で泊まることが確定したらしい。
「わ、分かりました。今日はよろしくお願いします」
「うんうん! どうぞいらっしゃいな!」
そう言って嬉しそうにアイリスは微笑んだ。
主人公の能力はきちんとあるので登場をお楽しみに。
次回はヒロインのお宅訪問回です。