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第五の夜 辛い夢

「……少し、落ち着いた?」

 目の前に出されたマグカップからは湯気が立っている。

「……ん」

 陽奈子はぐすぐすと鼻をすすりながら目の前のカップを手に取った。

「あったかい」

「でしょうね」

 哲美は苦笑して、それに口をつける陽奈子を見つめる。

「いつ」

「え?」

「いつ、自分が病気だってわかったの?」

 言われて、えーと、と考え込んだ。

「最初は、ただの冷え性かと思ったのよ」

 冷え切ってしまった指先はあまり器用には動かないらしく、哲美はその手を握ったり開いたりしている。

「そしたらさ、少しずつ冷たくなってく部分が増えてってね」

「……どうして、わたしに」

「言わなかった、か?」

 く、と哲美は笑う。

「言えないでしょう、そんなこと」

「そんなっ」

「あなたは自分があたしと同じ立場になったら、言えんの?」

 問われて、陽奈子はぐっと押し黙る。

「だ、って」

「言わないまんまで逝こうと思ったのに」

 金杉も無粋よね、と哲美は笑う。

 陽奈子はいたたまれない表情で彼女を見つめる。

「どうして」

「ん?」

「どうして、これ」

 手錠をじゃらりと動かす。

 哲美はそれに目を細める。

「ああ」

 そしてまた唇だけ笑みの形を作った。

「それ、か」

「なんでこんなこと」

「ほんとは外して離れてって欲しかったのよ」

「え」

「こんなひどいことするやつなんか、知るか!って出てって欲しかったの」

 じ、と哲美は陽奈子を見る。

 見つめられた陽奈子は悲しげに眉をひそめる。

「なんで」

「嫌なやつのことなんか、はやく忘れたいって思うでしょう? 普通」

 涙がこみ上げてくる。

「どうせ居なくなっちゃうんだからさ。そんなやつのことははやく忘れて」

「わたしは、哲美以外なんて好きにならない」

 ぼろぼろ涙を零しながら陽奈子は言う。

 哲美は困ったように笑った。

「そういうと思ったんだけどな」

「自惚れ屋」

「それは誉め言葉かな」

 くっくっと哲美は笑う。

 それから、ふいにマジメな顔に戻って陽奈子の手を取った。

 その冷たい感触に陽奈子の身体がびくりと強張る。

「冷たいでしょう?」

 真っ直ぐに見つめてくる瞳。

 陽奈子はこくん、と首を縦に振る。

「これが」

 そのまま、手を移動させた。

 冷たい感触はすでに二の腕あたりにまで及んでいた。

「ここまで、来てる」

「哲美」

「あたしに残された時間は、後、36時間あるかないか」

 陽奈子はゆっくりとまばたきをする。

 その拍子にいく粒かの涙が零れ落ちた。

「……逃げてもいいんだよ?」

「逃げろ、って言われたって逃げないよ」

 ぎゅとその肌に触れる。

 冷たい感触。

 生きているとは思えないような。

 それでも、確かに哲美はまだ生きている。

 「まだ」生きているのだ。


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