第三の夜 黒い夢
―――――Sleeping Beauty―――――
20世紀の終わりに突如として現れたその病は
そんな名前で呼ばれた。
身体の末端の部分から少しずつ体温が失われていき
やがて全身が冷たくなって死に至る。
まるで眠るように死ぬと言うのだ。
そしてもう一つ。
この病のおかしな点はその病で死んだ患者の遺体は
腐敗することがない、という点。
それが御伽噺の「眠り姫」に似ている、というので
そんな名前がついた。
煙草の自販機の前に哲美は居た。
陽奈子はそのままにして、一人、外に出たのだ。
小銭を入れて望みの銘柄を選びボタンを押す。
かたん、と軽い音がして煙草の箱が落ちてくる。
それを取って、ちゃりんちゃりんと戻ってきた小銭を手にする。
ふ、と煙草は体に悪いと陽奈子に散々言われていたのを思い出して、喉の奥で少しだけ笑った。
ポケットに煙草を大事にしまい込んで、脇に置いておいた買ってきたものが入ったビニールの手提げ袋を左手で持つ。
空いた右手を握ったり開いたりしてみる。
今日は昨日に比べてまた寒いので、余計指先が冷たく感じていた。
「なぁに? まだ外してなかったの?」
陽奈子の部屋に戻ってきた哲美は少しだけ大げさにため息をついてみせた。
陽奈子はどうにかこうにかベッドの上に座りこんでいた。
手首の手錠は、そのままだ。
「だって」
外せば別れると言われた。
そう言われて、陽奈子にそれを外せるわけがなかった。
「……大体なんでこんなことするの」
「さてね」
陽奈子を見ようともしないまま、哲美は石油ストーブを一度消す。
特有の匂いが部屋の中に溢れかえる。
「換気するよ」
窓を少し開けると冷たくて乾燥した空気が室内に流れ込んできた。
陽奈子は身震いをする。
哲美はその間も淡々と作業をしている。
石油ストーブの石油を補充して、それから薬缶に水も足した。
「……少しは持つでしょ、これで」
小さく独りごちて窓を閉める。
「寒かった?」
「あ、あた、当たり前でしょ?」
陽奈子が不機嫌そうにそう言うと哲美はにぃと笑った。
不穏なものを感じて咄嗟に逃げようとしたが、逃げられるはずもなかった。
手が、拘束されているのだ。
「てつ、さと、哲美?」
「じゃあ、あたためてあげるよ」
顎を掴まれ強引に口づけられる。
昨夜からずっと、こんなことを繰り返していると思う。
でも、どうしても突き放すことは出来なくて。
陽奈子は自由になる左手を、そっと、哲美の背に回した。
「ぅ……んっ……あ」
おかしい。
「ぅあ……ぅ……ああっ」
おかしい。
「ふ……んんっ」
おかしい。
何度も繰り返し、おかしい、と陽奈子は思う。
哲美の抱き方が性急なのは今に始まったことではないけど。
でも、それだけでなく。
何か違う。
何かが違う。
その違和感の正体を掴みたいのに。
掴むことも出来なくて。
陽奈子はただ、快楽に翻弄されていった。