第二の夜 悪い夢
目覚めることが幸せとは限らない。
「ん……」
窓から差し込む日差しの明るさで、陽奈子は目を覚ました。
身体が軋みを上げる。
なんだか散々なことを昨夜はされた気がする。
今は何時なのだろうと思いながら目をこすろうとして左手を引くと、手首に冷たい金属の感触と痛みが走った。
「え?」
頭の中が一気にはっきりとした。
視線の先にあったのは手錠。おもちゃのようなプラスチック製ではなくて金属で出来ているのが重みで分かる。
自分のセミダブルのパイプベッドのパイプにくくりつけられている。
「……起きた?」
呆然としたままでいると声をかけられたので顔を上げた。
「なに、これ」
震える声を抑えてせめて冷静にと陽奈子が問うと、哲美はいつもの皮肉げな笑みを浮かべる。
「手錠」
「そんなことは見て分かるよ! 外してっ!」
「イヤよ」
くす、と哲美は笑う。
それはさも楽しそうに。
「だっ、今日も仕事あるんだよ?!」
「休みなよ」
「てつっ!」
怒鳴ってから、はっとした。
哲美は笑っていなかった。
先ほどまでは笑っていたのに、今目の前にあるのは、ただ、無感情な顔。
「て、つ」
哲美は自分のポケットをごそごそと探る。
小さな何か銀色のものを陽奈子の側にぽいっと投げた。
それは、鍵。
小さな銀色の鍵。
「外したかったらそれで外せるわよ」
「え?」
突然の言葉。
突然の行動。
何がなんだかわからなくて陽奈子は次にどんな言葉をかけていいのか途方に暮れる。
「でも」
「でも?」
「外したらあたしは貴女と別れる」
目を見開いた。
陽奈子の視線にも哲美は反応しない。
何も感じないような、顔。
「冗談、だよ、ね?」
「そう思うんなら、思えばいいよ。陽奈子の勝手だから。でもあたしは本気」
どうしたらいいか、分からない。
でも、外してしまったら本当に哲美は居なくなる。
そんな気がして陽奈子は泣きそうになった。
陽奈子が動かないのを見て、哲美は立ち上がる。
置いてある普通の電話の横に立って、ぐ、とそのコードを引っ張る。
手にしていたハサミで、それを、ぷつん、と切った。
「てつ」
「会社には連絡しておいてあげる。だから、どこにも行かないで」
後ろ姿しか、陽奈子には見えなかった。
でも、その姿がいつもの彼女よりももっとずっと寂しげに見えて、陽奈子は何も言えなかった。