逆さ虹の森と臆病者のクマ(大好きな森を狼に奪われたクマは日常を取り戻すために立ち上がる)
童話祭二回目の参加ですが……最早童話じゃないです。夢も希望もありゃしない。
前回とは打って変わりダークな感じで展開していきますが、前作『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰〜(若返りの薬にはご用心)』と世界観を共有していますので、よろしければご覧ください。
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【Prologue:三人称視点】
昔々、ある森に立派な虹がかかりました。
その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森はいつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるようになりました。
逆さ虹の森には次第に奇妙な動物達が棲みつくようになりました。
お人好しのキツネ、いたずら好きなリス、食いしん坊のヘビ、歌上手のコマドリ、暴れん坊のアライグマ、面倒見のいいフクロウ、そして怖がりのクマ。
個性豊かな彼らは度々騒動を繰り広げながらも、楽しい日々を過ごしていました。
しかし、そんな彼らの楽しい日常はもうありません。
【This volume:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
ボクの名前はフェローチェス。お父さんとお母さんは強く育って欲しいと獰猛な熊を意味するFeroces Ursiって名付けてくれたんだけど、体格に似合わず臆病……笑っちゃうよね。
ボク達熊は雑食なんだけど、ボクは動物を襲って食べるのがどうしても嫌だった。
だから、お父さんとお母さんからは欠陥品のレッテルを貼られて勘当されちゃった。
だけど、ボクはそれで良かったと思っている。
あの特別な森で出会った仲間達と過ごす中で、ボクは敵対するんじゃなくて、一緒に仲良く暮らすのが好きだって分かったから。
……でも、そんな幸せな時間は長く続かなかった。
突然森にやってきた狼達にあっという間に制圧されて、友達を何体も殺されちゃった。
臆病なボクは何もできなかった。図体ばかりでかくても何も役には立たない。
ボクに勇気があれば、多くの仲間を、大切な森を救えた筈なのに……ボクは自分が憎いよ。
それに、今のボクがやっていることだって現実逃避だ。
逆さ虹の森を奪い返す……そのための勇気がないから、ずっと旅をしている。
勇気なんてどこかで売っている訳がないのに、勇気を手に入れる旅だと自分に言い訳をしている。
逆さ虹の森から逃亡して五日……決心して逆さ虹の森を占拠した狼と戦えばそれでいいのに、ボクは未だに決心をつけられずにいる。
ボクは博愛主義者なのかな? 「誰かを傷つけることが悪いことだから、そんなことをしてはいけない」という道徳心に従っているのかな?
ううん、違う。ボクは怖いんだ、誰かを傷つけることが、誰かに傷つけられることが。
ボクは寂しいんだ。誰かに拒絶されることが。……本当はお父さんとお母さんから拒絶されたのも、さっきはああ言ったけど、本当は強がっていただけなんだ。
大切なものを取り返すためには、戦わないといけないことは理解している。
守るためには自らの身が傷つくことも厭わなければならない。
でも、分かっていても動けない。ボクは心のどこかで傍観者でいたいと、傷つきたくないと思っているんだ。
その爪を鮮血で汚したくない、純粋なままでいたいって……。
ボクは勇気が欲しい。大切なものを奪い返すための勇気が、そして身勝手なボク自身に打ち勝つ勇気が。
【Another point of view:三人称語り】
「ししょー。何か見つかりました?」
水晶玉を見つめるアラビア風の行商人に、中性的な少女がワクワク感の篭った笑みを浮かべながら尋ねる。
「そんな簡単には見つかりまへんで。それに今は前の顧客のその後を調べとりますし」
「前の顧客? それってどんな人?」
「とっても恐ろしうて、とっても可哀想なとあるお姫様の継母やで。その人のバッドエンドを回避するためにちょっとだけ手伝ってあげたんや」
「未来を見る力で?」
「……何度も言うけど、そんな力やないねん」
かつて行商人は美に執着し、美しい白雪姫に嫉妬していたアンネリーゼという人物に“真実を語る魔法の鏡”を売った。
それが引き金となり、紆余曲折を経てアンネリーゼはスノーホワイトと和解し、今では仲睦まじい姉妹として知られている。
「まあ、企業秘密やから未来予知やと思ってくれてもええけど」
「やっぱり未来予知じゃない」
頬を膨らませて足をバタつかせる少女を行商人は微笑ましそうに見つめていた。
「それで、ししょー。次は誰を助けるの?」
「そうやね。どうしよっか?」
「なら、このクマさんとかはどうかな?」
少女が指を指した映像に視線を向けた行商人は困った表情を浮かべた。
「う〜ん、こないなのやないんやけどな」
「でも、可哀想だよ。大切な場所を奪われちゃったんでしょ?」
少女の純粋無垢な視線に晒されながら、水晶玉の映像を進めていた行商人の表情が突如豹変した。
「……このクマさん、助けまひょ」
「ありがとう、ししょー。愛してる」
「こらこら、そういうことは簡単に言っちゃいけへん」
水晶玉を終い荷物を纏めた行商人に少女は追随する。
行商人――シンドバッドと少女――アラジンは逆さ虹の森を目指して動き出した。
【Reminiscence:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
暴れん坊のアライグマのラトン君をボクは昔恐れていた。
いつもみんなを虐めているラトン君が、一体なんでそんなことをしているのかを理解できなかったんだ。
だけど、そんなラトン君の印象はある日を境に大きく変わった。
逆さ虹の森には、ドングリ池という場所がある。
よく澄んだ綺麗なその池にドングリを投げ込むと、願いが叶うという迷信があるんだ。
ボクはあんまり迷信を信じる方じゃないんだけど大親友のソラ=オンラードというキツネさんが本当だって力説するから、一度行ってみようと思って行ったんだ。
すると、そこには先客がいた。
『……俺はどうみんなと接すればいいか分からない。どうか、みんなと仲良くなれるようにしてください』
その声はラトン君のものだった。
その時に、ラトン君は暴れん坊じゃなくて、ただ仲間とどう付き合ったらいいか分からない不器用な人なんだって分かったんだ。
ボクはその時、少しでもラトン君の力になりたいと思った。
そのことを逆さ虹の森の賢者と言われるフクロウのグーフォ=フルボさんに相談して知恵を貸してもらおうと思ったんだけど。
「ホホホ。ラトンのことは知っておるよ。儂はこの森の全てを知っておるからのぉ」
グーフォさんには全てお見通しだったようだ。いずれボクが相談に来ることも予想していたらしい。
「こういうのは本人が見つけるのが一番じゃが、流石に無理そうじゃからの。……儂も手を貸そう」
その後、グーフォさんの発案で森のみんなにラトン君のことを話し、少しずつでも歩み寄ってくれることをお願いした。
ラトン君のことを恐れてみんなも距離を取っていたから、いくらラトン君が頑張ろうにも関係を修復することはできなくなっていたからね。
◆
「……フェロ、お前には誰かを傷つけることなんて似合わねえ。傷つくのは俺みたいな暴れん坊だけで充分なんだ!」
あの日、身体を血に染めながらラトン君はそうボクに言った。
ボクよりも小さい身体で、勝てる筈のない狼達に必死に抗っていた。
「……本当は知っていたんだ。お前が俺とみんなの仲を修復しようと奮闘してくれたことはな。嬉しかったぜ。今の俺がいるのはお前のおかげだ。さらばだ、ダチ公――とっとと行きやがれ!!」
なんで、あの時ボクは抗わなかったんだろう。大切な友達がその後どうなるか、分かりきっていたのに。
ラトン君……ボクに君のような勇気があれば、ボクはみんなを守れていたのかな?
ボクは君のような強さが欲しいよ。
【This volume:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
「こんなところで寝てると風邪をひくぞ」
……寝ちゃっていたみたいだ。
顔を上げると見覚えのない二人のニンゲンがいた。
布を頭に巻いたおじさんと、似たような服装をした男の子。
「おはよう。災難だったね、クマさん」
この人達は一体何者なんだろう? ボクのことを知っているみたいだけど。
「クマさんは逆さ虹の森の出身だよね。でも、狼に襲われて命からがら逃げ出した……違う?」
「……貴方達は一体何者なんだ?」
「申し遅れよった。ウチは行商人のシンドバッド。ほんで、この娘はアラジン……ウチの弟子みたいなもんやで」
「もう、みたいじゃなくて本当に弟子なのに!」
……女の子だったんだ。
「そんなクマさんにぴったりの商品があるの。元気の出る薬だよ♪」
……本当にそんなものが。いや、今のボクは何よりも勇気が欲しいけど。
そもそも、愛と勇気を行商人さんが持っているものなのか?
「オズっていう遠い国にとある魔法使いがいてな。彼はカカシに脳を、ブリキのきこりに心を、ライオンに勇気を与えたんや。その時ライオンに与えたのが、この薬や」
どうやら本当の話、みたいだな。
オズって国のことは聞いたことがないけど。
「その薬、どうしたら貰えるのか? ……俺、ニンゲンのお金は持っていない」
「安心したってや。お金は取りまへんで。ウチの弟子の好意や、ありがたく受け取っておいた方がええで」
……無料で譲ってくれるようだ。嬉しい話だけど……何か裏がある気がする。
「ほなあ、ウチらは忙しいから先に行くで。信じるか信じへんから貴方次第。ほな、さいなら」
二人はそのまま猛スピードで去っていった。
一体、なんだったんだろう?
【Reminiscence:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
ビエールカはいたずら好きなリスだ。森で一番の迷惑者で、逆さ虹の森の仲間達に迷惑を掛けている。
例えば、食いしん坊なヘビのシュランゲ君の林檎をどこかに隠したり、歌上手のコマドリのロビン・ホイッスルさんの口の中に唐辛子を詰め込んだり……。
そして、ビエールカはそれを他人のせいにする。
嘘を吐いて誰かに擦りつけて、自分は潔白だって言い張るんだ。
みんなはビエールカの所為だって分かりきっているんだけど、ビエールカがそれを頑なに認めようとしないから、それ以上責任を追及できない。
その日、ビエールカはボクが後で食べようとしていた大切にしまっておいた蜂蜜の中に大量の山葵を入れた。
この時ばかりは堪忍袋の尾が切れたボクは、グーフォさんに相談してある場所に連れて行くことにした。
「……おい、どこまで行くんだよ?」
「もうすぐ着くよ。この橋を越えたらすぐさ」
ここはみんなからオンボロ橋と呼ばれている場所だ。
森の半分にわける大きな吊橋で、今にも落ちそうなほどボロボロになっている。
この橋を渡れば、そこから先は未開の地だ。唯一、この森に長く棲むグーフォさんだけはあちら側の地理にも詳しいみたいだけど。
「げ、ここオンボロ橋じゃん。俺、吊橋に近づくと死ぬ病気なんだよ!」
……また、始まったよ。ビエールカの悪い癖だ。とその時は溜息を吐きたくなった。
「はいはい、行きますよー!」
「おっ、落ちる! 流石に落ちるって。お前、身体は大きいのに臆病なんだろ!? なんでこういう時ばかりは肝が座っているんだよ!!」
ビエールカが何かを叫んでいた気がするが、よく聞こえなかった。
オンボロ橋を越えて少し進むとたくさんの木の根っこが飛び出した広場に着く。
ここで嘘をつくと根っこに捕まるんだとグーフォさんが話していた。
「ねえ、ビエールカ。ボクの蜂蜜に山葵を入れたのは君なの?」
「そんな訳ないだろ! 俺がそんなことする訳が……イタイイタイイタイ!!」
ビエールカの身体を根っこが締め付ける。次第に根っこに引っ張られていっているようだ。
「この根っこは嘘を吐いた人を締め付けるらしいよ」
「はっ、ふざけるなよ! 俺は嘘なんて……イタイイタイイタイ!!」
ずっと強情だったビエールカも、遂に折れて自分の罪を認めた。
「……もう二度と嘘を吐いたり、イタズラをしたりしない?」
「しません、しません……これっぽっちもするつもりは……イタイイタイイタイ!! わっ、分かった! 二度としない、二度しないって誓うから!!」
その後、ビエールカは森の仲間に謝り、少しずつ関係を修復していった。
◆
「俺はトリックスターだ。悪戯好きをなめんなよ! この俺がデカイイヌッコロ共に遅れをとったりしねえぜ!! 必ず生きて再会しようぜ!!」
あの日、狼の侵攻を知り、真っ先に奇襲を仕掛けたビエールカは、そう笑顔で言いながらボク達の元を去っていった。
二度と約束は破らないって、そう約束したのに、ビエールカはその約束を破って二度とボク達の前に現れなかった。
……嘘つき。約束を破らないって約束したのに。
君は自分が死ぬことを理解していたんだろ? ボク達だってそうだったんだから、君がそのことに気づかないなんて有り得ない。
それを分かっていて見送ったボクも同罪だ。……ううん。みんなを見捨てたボクはかつての君よりも罪深い。
ビエールカの最期の嘘は、優しく温かいものだった。
でも、それが分かっていても、やっぱり辛いよ!!
【This volume: ヴォルグ視点(一人称語り)】
俺達、明けない夜の森の牙狼があの方に忠誠を尽くすようになってから、一ヶ月も経っていない。
あの日、我らが森に突如現れ、明けない夜の森を赤い光で染め上げたあの方――バーバ・ヤーガ様は、我らの命を保証する代わりに、服従することを求めた。
獰猛な牙を持つ牙狼である我らがたった一人に敗北するなどプライドが許さなかったが、それ以上にここで命を失うことが恐ろしかった。
バーバ・ヤーガ様は謎の力で我が同胞達を洗脳した。幸い、今の俺は辛うじて自我を保っていられるが、それもいつまで続くか分からない。
バーバ・ヤーガ様は、近くの森を制圧するように命令を下した。満月の森、逆さ虹の森、星色の森……その一つ一つに日常があった。
俺達はその日常を我が身可愛さに奪ったんだ。
到底許されぬことだということは分かっている。
許されなくても構わない。……だが、もし願いを聞いてくれるのなら、俺達の命を奪って欲しい。
……俺が、俺で無くならないうちに。
――フシュー。スベテハ、バーバ・ヤーガ様ノタメニ。サカラウモノハ、スベテコロス。
【This volume:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
かつてボクが逃げ出した逆さ虹の森に、戻ってきた。
ボクの手の中には元気の出る薬がある。
これで、ボクが変われるか分からない。正直、こんなものに頼らなければならないボクの弱さに嫌悪感を抱いている。
「……フシュー。スベテハ、バーバ・ヤーガ様ノタメニ。サカラウモノハ、スベテコロス」
ッ! コイツらはあの日、ボクの仲間達を殺した狼達!!
ボクは今までコイツらを倒す勇気を得るために旅を続けてきた。
……分かっていたけど、足が竦む。恐怖に駆られる。
このままじゃ、やられる!!
そうだ! ボクには元気の出る薬がある……これを飲めば!!
おかしい……飲んだのに何も変化がない。まさか……ただの、水。
目を血走らせた狼達が襲ってくる。……でも、ボクに抗う術はない。
違う、抗う術はあるんだ。ボクがそれを使おうとしないから。
自分が血濡れたくない、穢れたくない、そんな自分勝手な理由で戦うことを避けてきた。
最初から答えはボクの中にあった。だから、あの人はただの水を元気の出る薬だと偽ったんだ。
本当はそんなもの、無いって伝えるために。
もう、遅い。ボクがもっと早く覚悟を決めていたら、こんなことにはならなかった。
誰かを傷つける暴力があるのと同時に、誰かを守れる暴力があることにもっと早く気づいていたら、穢れることを恐れずに戦っていれば、多くの仲間を救えたのに――。
「……もっと早くこうしていたら良かったんだ。そうすれば、何も失わずに済んだ」
黒曜のように黒い爪を振りかざす。その度に狼達は命を散らしていく。
仲間達が今のボクを見たらきっと軽蔑するだろう。
でも、それでいい。大切な仲間を見殺しにしたかつてのボクよりはずっとマシだと思うから。
……見ていて、みんな。必ず仇を取る!!
【Another point of view:三人称語り】
「牙狼共が次々と殺されているだとッ! どういうことだ!!」
明けない夜の森の支配者――バーバ・ヤーガは狼からの思念を確認し、怒り狂いながら近くの狼に八つ当たりした。
杖で叩かれた狼は、耐えられずに絶滅する……それほどまでにバーバ・ヤーガの杖に掛けられた死の呪いは強力だった。
「酷いことをしますね。下僕にするだけでは飽き足らず、当たり散らして殺すなんて」
「だっ、誰だい!!」
バーバ・ヤーガが指示を出すと、無数の狼が現れた男と少女へと襲い掛かろうとする。
だが、実際に襲い掛かることはできなかった。殺そうという意思を持った瞬間に狼達は既に死んでいたのである。
「……即死魔法。それもフルオートカウンター付きの無詠唱魔法……まさか、お前は伝説の十三英雄の一人……〝誠死〟!!」
「随分懐かしい名前を出してきましたね。……今の私はシンドバッドです。あの頃の名前は捨てましたので、あの頃の異名で呼ぶのはやめて頂きたい」
「…………ししょー」
アラジンはシンドバッドと今回の件の犯人に繋がりがあったことに驚いていた。
そして、シンドバッドの呼ばれていた異名に薄ら寒いものを感じだ。
「nemɯᵝɾe nemɯᵝɾejo.ja/sɯᵝ\ɾakanʲi. ɕidzɯᵝme ɕidzɯᵝme.na\ndʑino kʲi/okɯᵝ‾jo」
シンドバッドが何事か発するとアラジンはその場に崩れ落ちた。
シンドバッドはアラジンを外に運び出すと、改めてバーバ・ヤーガに向き直った。
「さて、私は君をあの国に連れ帰られないといけない。あの忌まわしき国にね」
「ハハハ。私を連れ帰るということはお前の真価――〝誠死〟の力を使えないということだ。実力を発揮できない十三英雄など懼るるに足らず!! この私の力で新たな伝説を作ってやる!!」
バーバ・ヤーガは杖を構え、シンドバッドに向ける。
「ɰaɡame\omʲijo.ɰaɡame\omʲijo.ɰaɡa akakʲiçi̥/tomʲio‾mʲijo.na\ndʑinoko/ko\ɾoɰaɰa\ɾenomono.na\ndʑinotɕɯᵝ/ːseːɰa‾ɰa\ɾenomono.tsɯᵝkɯᵝsetsɯᵝkɯᵝsetɕɯᵝ/ːseːo‾.aː ,ɰaɡaɡe/bokɯᵝto‾na\ɾe」
発動したのは相手を洗脳する魔法――牙狼達に使ったものと同じだ。
対するシンドバッドは――。
「mɯᵝ/koː‾ kasejo」
たった一言で魔法を無効化した。
格下の使う一切の魔法を無効化することが可能な究極の無効化魔法――その力を前にバーバ・ヤーガはいかに甘い考えだったかを思い知った。
「……そんな……私の計画が」
「それじゃあ連行するよ。……本当は私も行きたくないんだけど。ma/hoːno‾kɯᵝ/nʲino‾mo\ɴooake」
杖先に現れた鏡にバーバ・ヤーガを入れ、シンドバッドもその中へと進んだ。
【Another point of view:三人称語り】
「よくぞ、脱走者であるバーバ・ヤーガを捕らえてくれました」
冷徹な光を宿す真紅のドレスを纏った女性は全ての物語を管理する魔法の国の女王。
その瞳に射抜かれただけでこの国の者達は恐れ慄くと言われているが、対するシンドバッドはいつもの人のいい商人の笑みを絶やさず相対している。
「礼には及びまへん。かつて魔法の国の住民やった者として当然のことをしただけですので」
シンドバッドは不敵な笑みを浮かべながら――バーバ・ヤーガの腹に思いっきり蹴りを入れ、魔法の国の宮殿の天井に打ち込んだ。
「貴様、魔法の国の象徴たる宮殿を一部とはいえ破壊するとは!」
「無礼者」と叫びながら槍を向け、構えた男は――そのまま息を引き取った。
「ところで、この国で最近物語の世界に棲みつき、その世界を支配しようとする輩が現れとることはご存知でっか? 不思議なことに、その方々は元魔法の国の重役やったり、重役にコネがあったりする人なんでっせ。不思議なことやね」
いとも容易く命を奪い、それに対して何一つ感情を抱かぬ化け物に怒りの視線を向けていた役人達は、シンドバッドが発した次の言葉によって心臓に刃を当てられたような感覚に陥った。
シンドバッドが語ったのはこの国の役人がこの案件を含め、魔法の国で起こっている事件に関わっているのではないかという憶測。
しかし、その憶測は紛うことなき事実なのだ。役人達の顔色が急に変わるのも仕方のないことである。
「では、ウチは用が済んだのでこれでおいとまします」
「……お待ち下さい。シンドバッド様、今回の案件について詳しい話をお聞きしたいので、お手数ですが後ほど私の部屋に足をお運びください。勿論、私以外の人は外させますので」
「「「「「女王様!」」」」」
止める役人達を女王は睨みつける。
「……アナタ方が信用ならないかもしれないというお話です。その真偽を確かめる場にアナタ方を呼ぶのでは本末転倒ではありませんか? それに、私の側近にもアナタ方の手のものがいるかもしれません。より安全に物事を運ぶべきではありませんか?」
女王に絶対零度の視線を向けられ、役人達は何も言えなくなってしまった。
◆
「流石は一国の女王様。絢爛豪華な部屋やね」
「……いい加減にやめてくれませんか、その演技。折角二人きりの場を用意したのですから」
女王は女王の演技を解き、頬を膨らませた。
「お久しぶりです、ラインハルトさん」
かつて魔法の国を救った十三英雄の一人……〝誠死〟の名を持つ男の名はラインハルト。
そして、その本名を知る女王もまた十三英雄の一人である。
本名、ジャンヌ。〝聖女の異名を持つ天才回復魔法師であり、かつてラインハルトと恋人だった人物でもある。
「本当は十三人勢揃いが良かったですが……また、みんなと会いたいですね」
「それは無理な話だよ。『この国の今後のためにも強過ぎる力を持つ僕達が歴史の表舞台にいる訳にはいかない』……そう全員で決めたじゃないか。……最も、私は今この国を救ったことを後悔しているけど」
ラインハルト達が救った国は、役人達が私服を肥やす最悪の国家になりつつある。
それだけではない。本来の役目である物語世界の管理すら正常に行えない状態だ。
「……私は物語世界は変わっていくべきだと思っている。誰かが不幸になる物語を私は許容できないからね。今後も物語世界の形を変えていくつもりだ。そのやり方は魔法の国の考えに反するものであることも理解している」
「そう……ですね。でも、ラインハルトさんらしいと思いますよ。貴方は昔から酷い目にあう悪役達を見て涙を流す優しい方でしたから」
(そんなアナタだからこそ、私は好きになったのです)という言葉をジャンヌは呑み込んだ。
ジャンヌは今やラインハルトが忌み嫌う組織の顔役――ラインハルトの敵である。
「だが、物語世界を私利私欲のために使うというのは私のやっていることとは根本的に違う。許し難い事態だ。……今回はアラジンが切っ掛けをくれたからどうにかなったけど、次はどうなるか分からない。……物語は全てハッピーエンドに終わらなければならない。それは、誰か一人が傷つくことで終わるんじゃない。全ての者にとってのハッピーエンドだ。だからこそ、君達悪役には消えてもらう」
鋭いナイフのような双眸を向けたラインハルトに、かつての優しき英雄の姿は無かった。
「私は魔法の国の女王です。この国の王として、この国に敵対する者は排除します」
それが意味するのは、想い人との敵対。
しかし、ジャンヌにはこれ以外の選択肢が選べなかった。
「それでは、帰ります。アラジンを待たせてしまっていますので」
ラインハルトが消えた後、ジャンヌは人知れず涙を流した。
【Another point of view:三人称語り】
「ししょー。おはようございます」
「アラジン、おはよう。しっかり眠れたか?」
寝ぼけ目を擦りながら伸びをするアラジンに、シンドバッドは微笑む。
「ほなあ、今日も張り切って仕事しまっか」
「はい、ししょー!!」
あの日の記憶が消えたアラジンは、いつも通りシンドバッドの水晶玉を覗き込んだ。
【This volume:フェローチェス=ウルシィ視点(一人称語り)】
あの戦いから三日後、ボクは逆さ虹の森を離れることにした。
逆さ虹の森を離れ、ボクがこれからどこに向かうのか、今のボクには分からない。
元々ボクは流浪の民で逆さ虹の森を一時的に留まっている場所に過ぎなかった。
ただ、その短い時間がとても大切なものとしてボクの心の中に刻まれているというだけで。
「さようなら、逆さ虹の森」
脳裏を次々と過ぎる思い出を振り払い、新たな気持ちで旅を始める。
――さあ、始めよう。新しい旅を。
【Prologue:三人称視点】
昔々、ある森に立派な虹がかかりました。
その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森はいつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるようになりました。
逆さ虹の森には次第に奇妙な動物達が棲みつくようになりました。
お人好しのキツネ、いたずら好きなリス、食いしん坊のヘビ、歌上手のコマドリ、暴れん坊のアライグマ、面倒見のいいフクロウ、そして怖がりのクマ。
個性豊かな彼らは度々騒動を繰り広げながらも、楽しい日々を過ごしていました。
しかし、もう逆さ虹の森には誰もいません。
ですが、寂しさはありません。この森の仲間達はいつまでも一体のクマの中に残り続けるのですから。
そのクマは決して肉を口にしようとはしませんでした。凡ゆる者達に親切にし、困っている者がいれば真っ先に力を貸します。
そのクマは決して弱くはありません。悪を憎み、悪事を働いた者にその鋭き爪を向けます。
その名はフェローチェス=ウルシィ……獰猛なクマという名を与えられた、一匹の優しいクマです。
フェローチェスはいつしか多くの者達に慕われるようになり、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
◆フェローチェス=ウルシィ
怖がりなクマ。名前はラテン語で獰猛な熊を意味するFeroces Ursi。
元気の出る薬を行商人に与えられる。その薬の正体が単なる水であることに気づき、勇気とは自分の内にあるものであることを理解した。
◆ソラ=オンラード
お人好しのキツネ。名前はスペイン語で狐を表すzorraと正直を表すhonradoの組み合わせ。
牙狼達による襲撃により死亡している。
◆ビエールカ
いたずら好きなリス。名前はギリシャ語で栗鼠を表すбелка。
最期は自らの死を覚悟して奇襲を仕掛けた。
◆シュランゲ
食いしん坊のヘビ。名前はドイツ語で蛇を表すSchlange。
牙狼達による襲撃により死亡している。
◆ロビン・ホイッスル
歌上手のコマドリ。名前は英語でコマドリを表すrobinと笛を意味するwhistle。
牙狼達による襲撃により死亡している。
◆ラトン・ラヴール
暴れん坊のアライグマ。名前はフランス語でアライグマを表すraton laveur。
フェローチェスの目の前で牙狼によって殺害された。
◆グーフォ=フルボ
面倒見のいいフクロウ。名前はイタリア語で梟を表すgufoと賢いを意味するfurboの組み合わせ。
牙狼達による襲撃により死亡している。
◆ヴォルグ
逆さ虹の森にやってきた凶暴な狼。明けない夜の森出身。名前はロシア語で狼を表すволк。
バーバ・ヤーガの洗脳に耐えきれず、自我が崩壊した。勇気を得たフェローチェスによって仲間共々倒された。
◆バーバ・ヤーガ
はぐれ魔女。逆さ虹の森を含め周辺の森を支配して勢力を拡大することを目論んでいた。
シンドバッドに敗れた後、魔法の国に連行された。天井にめり込んで死亡。
◆シンドバッド
関西弁を操るアラビア風の行商人。魔法の国出身で様々な商品を扱っている。
かつて扱っていた商品の中には魔法の絨毯や擦ると魔人が現れるランプ、真実を語る魔法の鏡などがある。
その正体は十三英雄の一人で〝誠死〟のラインハルト。
◆アラジン
シンドバッドの弟子。活発な女の子。
◆ヴァシリーサ
魔法の国の女王。本名、ジャンヌ。
〝聖女〟の異名を持つ天才回復魔法師。